今年の月下美人は蕾(つぼみ)を六つもつけ、そのうち四つが順調に成育して、ある晩いっせいに咲いたのだった。
ずらりと並んだ巨大な白い花を闇の中で見て、俺(おれ)は幻の世界にいるような気分を味わったものだ。しかも濃い香りは風に乗り、絶えず部屋に流れ入ってきた。まるで極楽であった。
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| 題字と季語イラスト・上田みゆき |
数日後、先輩ベランダーに会ったので思わずその話をしたところ、「この何年か気温が高いから、月下美人が咲きやすくなってるらしいよ」と、理にかなった説明を受けた。
なるほど、地球温暖化やらヒートアイランド現象やらで、植物の様子が変わってきている可能性は否定出来ない。異常気象はベランダ界にも変化をもたらし、日本本土の亜熱帯化はまぎれもないというわけだ。
実際、我がベランダ内では、二度目の購入となったバナナが、以前とは比べものにならないスピードで育っていた。葉も明らかに前より大きく広がっている。
花屋の店先でブーゲンビリアやハイビスカスを見ることも多くなった。数年前にはあり得なかった商品構成である。
こうした亜熱帯の花々が東京に進出しているのは品種改良のおかげだとばかり考えていたが、本当の理由はある意味もっと深刻な事態に根ざしているに違いない。日本の植物事情が根本的に変化せざるを得なくなっているのである。
国会がクールビズ化していることと、花屋の商品構成が変わってきていることを別々の事象ととらえてはいけない。ベランダで起きるささいな現象は、世界や宇宙の変化とダイレクトにつながっているのである。
前にも書いたように、俺はクーラーを極力使わずに生活している。夏は打ち水に余念がない。こうして俺は俺の出来る範囲で気温上昇に抵抗しているわけなのだが、それでも植生が変わってしまうなら仕方ない。
亜熱帯化に向けてベランダを適応させる以外なかろう、と俺は今真剣に考え始めている。抵抗を続けながら、楽しむしかないのだ。
今日もスーパーの植物売り場へ行き、俺は小さなソテツを見つけて即座に買った。おそらくソテツは猛烈な勢いで育つだろう。
そのソテツの葉の影で、俺はやがて涼をとることになる。それが東京のベランダの近未来的な姿であるなら、先取りするしかない。