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2005.8.10(水)更新
 いとうせいこうの自己流園芸ベランダ派

いとうせいこう タイトル

第65回 再び「宿根・種無し・大輪房咲き」
 先日俺(おれ)が得々として報告した「宿根・種無し・大輪房咲き」の朝顔だが、あれからすぐに調子を崩した。

 ある一定の高さから上にある葉がいくら水をやってもしなびたままで、「大輪房咲き」の蕾(つぼみ)がひとつも付かないという状態におちいったのである。

イラスト
題字と季語イラスト・上田みゆき
 低い場所では葉が正常だから、茎がどこかで傷ついたとしか考えられないのだが、何度見ても折れた様子がなく、裂けてもいない。

 支えの棒に強く巻きつき過ぎて水を吸い上げにくくなっているのかとも思ったが、そんな自殺行為を好んで行うツル性の植物があるはずもなかった。

 結局、原因不明のまま、いかにも生命力抜群の新種の朝顔の、ある一定の高さから上にある葉≠ヘ完全に生命を失った。全部枯れてしまったのだ。

 俺の落胆は激しく、絶望的な朝顔をしばらくは抜かずにおいたものである。

 ところが、数日後のことであった。俺は花屋の店頭で同じ朝顔の、しかも行灯(あんどん)仕立てで丈高く育っているやつを見つけたのである。

 相手は「琉球朝顔」などと名乗っていたが、俺の目をごまかすことは出来なかった。葉の形や厚さ、蕾の付き方、ツルの色と太さを見れば、そいつはまぎれもなく「宿根・種無し・大輪房咲き」の例の男だったのである。まあ男かどうかはともかく、同一の朝顔であることは明白だった。

 俺は即座に買った。

 通常なら一度失敗した植物にはしばらく手を出さないのだが、名前を変えて逃げのびている犯人に出くわした感じが、俺の気分を猛烈に盛り上げたのである。

 買った鉢をしっかと抱きかかえて家に帰る様子はなおさら、指名手配犯逮捕の誉れに酔う刑事のような安堵(あんど)と喜びに満ちていた。

 俺は捕らえた鉢を数日植え替えずに置き、安定を待った。すると、見たことのある紫色の大輪が開いた。やはりあいつであった。

 言ってみれば自白のようなものである。俺は相手を責めることなく、優しく水をやり続けることでやつに自らの正体を明かさせたのである。名刑事であった。

 このようにして「宿根・種無し・大輪房咲き」は再び俺のベランダを飾っている。俺はこれからも優しく水をやり、やつの更生を見守っていく所存だ。枯れるを憎んで植物を憎まず。

(2005/8/10)

イラスト いとうせいこう・作家

1961年、東京生まれ。小説など活字のほか、映像、音楽、舞台など幅広い表現活動を展開しており、都会に住みながら主にベランダで植物を楽しむ「ベランダー」としても知られる。


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