懸賞サイトは朝日マリオン・コム-懸賞 プレゼント、懸賞 応募、懸賞 旅行
2005.10.26(水)更新
 いとうせいこうの自己流園芸ベランダ派

いとうせいこう タイトル

第75回 恥ずかしがり屋の夜顔
 夜顔の花が開ききる瞬間を、結局見ることが出来なかった。すでに夜顔は大きくて艶(つや)やかな種を準備し始めている。花は終わりだ。

 俺(おれ)は出来る限り頑張ったのである。翌日に咲きそうな蕾(つぼみ)があり、俺自身も家で仕事というラッキーな日があれば、夕方の数時間を夜顔のために費やしたのだ。

イラスト
題字と季語イラスト・上田みゆき
 例えば、ほころびかかった蕾を発見し、ある日俺はベランダに腕組みをして立った。ところが微風が吹いても花はなかなか開こうとしない。そこで時間を有効に使おうと、俺は夕方の水やりを開始し、別のベランダに行って任務遂行した。

 そろそろ半分ばかり開いているだろうと期待して戻ってみると、ふざけたことに夜顔の花はもう開ききっていた。ほんの5分ほどの間に、やつは俺を出し抜いて咲いたのだ。

 その翌日には蕾が二つ開きかけていた。今度こそ見逃すまいと俺はベランダにいすを出し、ほとんど張り込みのような勢いで夜顔を監視し始めた。

 がしかし、開花への動きがいっこうに見られない。風が吹く度に俺は目の玉を大きくするのだが、花は微動だにしないのである。

 人間の集中力というのはそうそう長く続くものではない。にらみ合いが15分以上に及ぶと、俺は当初の意気込みを忘れ、喉(のど)の渇きをいやそうとキッチンに立った。冷やしたお茶をがぶがぶ飲んでたばこを吸うと、俺はベランダに戻った。

 その間に花は開ききっていた。二つともである。

 こんな馬鹿なことがあるだろうか。俺が席を外すまで、花は開花の気配を完全に消していたのである。それがなぜ、わずか2分ほどの間に咲いてしまうのか。

 もはや意図的としか思えなかった。うちの夜顔は咲く姿を人に見せるのを恥じており、俺がいなくなるのを見はからって大急ぎで花を開くのだ。

 以降も夜顔は恥じらいを続けた。ある時など、俺はカーテンのかげから開花を盗み見ようとした。それでも俺が隙(すき)を見せるまで、夜顔は決して開かなかった。

 というわけで、俺はあきらめたのだった。花がそこまで恥ずかしがっているなら、むしろ開花は放っておこうと考えを改めたのである。その日からは咲いたあとの花だけを楽しんだ。それがうちの夜顔の個性なのだから仕方がない。

(2005/10/26)

イラスト いとうせいこう・作家

1961年、東京生まれ。小説など活字のほか、映像、音楽、舞台など幅広い表現活動を展開しており、都会に住みながら主にベランダで植物を楽しむ「ベランダー」としても知られる。


>>バックナンバー

第74回 バナナと俺の領土問題(2005/10/19)
第73回 姫スイレンの呪いの使者、水草(2005/10/12)
第72回 芙蓉の、実感のない満開(2005/10/5)
第71回 風を受けて咲く花、夜顔について(2005/9/28)
第70回 風流を貫くための代償(2005/9/21)
第69回 いつまでも咲き続ける花、サフィニア(2005/9/14)
第68回 夏の終わりの身元不明(2005/9/7)
第67回 シャボン玉の木を拾うように買う(2005/8/31)
第66回 シシトウへの熱狂の果て(2005/8/24)
第65回 再び「宿根・種無し・大輪房咲き」(2005/8/10)
第64回 元気なシシトウへの臨時ボーナス(2005/8/3)
第63回 亜熱帯化する東京のベランダ(2005/7/27)
第62回 昼顔の奇跡を前にして我々は……(2005/7/20)
第61回 新タイプ朝顔か、旧来の朝顔か(2005/7/13)
第60回 姫スイレンとメダカ、共存せず(2005/7/6)
第59回 あんずのあり得ない結果(2005/6/29)
第58回 人と植物の間の、越えられない壁(2005/6/22)
第57回 ベランダ茶園という大きな夢(2005/6/15)
第56回 植木市報告、その1は姫スイレン(2005/6/8)
第55回 決して鬱蒼とはしていないのです(2005/6/1)
第54回 アヤメという反重力の娯楽(2005/5/25)
第53回 ライムに関する1年後の告白(2005/5/18)
第52回 雑草天国への飽くなき情熱(2005/5/11)
第51回 世界の法則に逆らうミョウガ(2005/4/27)
第50回 あんず授粉に関するあり得ない奇跡(2005/4/20)
第49回 ニッキの“蕾”をめぐるやきもき (2005/4/13)
第48回 あんずへの七日間大作戦 (2005/4/6)
第47回 先祖返りする植物の力 (2005/3/30)
第46回 春を告げる訪問者 (2005/3/23)
第45回 欲を罰されたブロッコリー収穫 (2005/3/16)
第44回 ゴールデンモンキーの到来 (2005/3/9)
第43回 俺を励ましたネコヤナギの光 (2005/3/2)
第42回 枯れ死んでいたはずのボケが…… (2005/2/23)
第41回 植えかえ人生への1本の否定 (2005/2/16)
第40回 園芸派自己流ベランダでもOK (2005/2/9)
第39回 カリンの実との気まずい再会 (2005/2/2)
第38回 花咲じいさんではなかったと知る時 (2005/1/26)
第37回 1月咲きの男 (2005/1/19)
第36回 世界の苦しみとブロッコリー (2005/1/12)
第35回 「初忘れ」のおめでたい克服 (2005/1/5)
第34回 師の教えに背いた罰 (2004/12/15)
第33回 師と選んだシャクナゲは (2004/12/8)
第32回 サザンカをめぐる一進一退 (2004/12/1)
第31回 ベランダー路上派に愛を込めて (2004/11/24)
第30回 苦手は“苞が花に見える植物”! (2004/11/17)
第29回 皆さん、お便りありがとう! (2004/11/10)
第28回 リンドウと俺の奇跡的な関係 (2004/10/27)
第27回 世紀の植物、「頭の良くなる花」! (2004/10/20)
第26回 ようやく落ち着いたアジサイ (2004/10/13)
第25回 四方八方に巻き付いたゴーヤの最期 (2004/10/6)
第24回 ダンゴムシたちの勇敢な旅 (2004/9/29)
第23回 大切な一夜に咲いた月下美人 (2004/9/22)
第22回 秋のタイムはウキウキ式土器 (2004/9/15)
第21回 天に向かって伸びない呪い (2004/9/8)
第20回 突然思い出した懐かしいイチジク! (2004/9/1)
第19回 ペットに近いツル性植物との日々 (2004/8/25)
第18回 花は血の流れない生贄である (2004/8/11)
第17回 収穫という名のアイデンティティー (2004/8/4)
第16回 朝顔のない、劣悪な都会の夏 (2004/7/28)
第15回 水だけやっても脱水症状 (2004/7/21)
第14回 咲かないダチュラと許せない虫 (2004/7/14)
第13回 枯れゆくスパルタ学園の新入生たち (2004/7/7)
第12回 小鳥たちの無自覚なプレゼント (2004/6/30)
第11回 すぐに根がつき、鉢植えになる「ノッポ」  (2004/6/23)
第10回 同志よ! ベランダに好物件などない! (2004/6/16)
第9回 植木市で珍品ゲット 俺は陶酔した (2004/6/9)
第8回 痛恨の不注意、アマリリスの墓標 (2004/6/2)
第7回 ベランダーの腕試される走り梅雨 (2004/5/26)
第6回 二つのマツリカの二つのはかなさ (2004/5/19)
第5回 母が勧める剪定でいい花咲いた (2004/5/12)
第4回 藤の機嫌を直した引っ越し (2004/4/28)
第3回 「特売品」は素早い対応が肝心なのだ (2004/4/21)
第2回 桜の花は下を向いて咲くのだ (2004/4/14)
第1回 「ベランダー」に福音の春が来た (2004/4/7)


サイトマップ | 会社案内 | 朝日マリオン・コムとは | 姉妹メディア | 会員規約 | 個人情報・著作権
asahi-mullion.comに掲載の記事や情報、写真の無断転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
Copyright 2005 Asahi Mullion 21. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.