夜顔の花が開ききる瞬間を、結局見ることが出来なかった。すでに夜顔は大きくて艶(つや)やかな種を準備し始めている。花は終わりだ。
俺(おれ)は出来る限り頑張ったのである。翌日に咲きそうな蕾(つぼみ)があり、俺自身も家で仕事というラッキーな日があれば、夕方の数時間を夜顔のために費やしたのだ。
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| 題字と季語イラスト・上田みゆき |
例えば、ほころびかかった蕾を発見し、ある日俺はベランダに腕組みをして立った。ところが微風が吹いても花はなかなか開こうとしない。そこで時間を有効に使おうと、俺は夕方の水やりを開始し、別のベランダに行って任務遂行した。
そろそろ半分ばかり開いているだろうと期待して戻ってみると、ふざけたことに夜顔の花はもう開ききっていた。ほんの5分ほどの間に、やつは俺を出し抜いて咲いたのだ。
その翌日には蕾が二つ開きかけていた。今度こそ見逃すまいと俺はベランダにいすを出し、ほとんど張り込みのような勢いで夜顔を監視し始めた。
がしかし、開花への動きがいっこうに見られない。風が吹く度に俺は目の玉を大きくするのだが、花は微動だにしないのである。
人間の集中力というのはそうそう長く続くものではない。にらみ合いが15分以上に及ぶと、俺は当初の意気込みを忘れ、喉(のど)の渇きをいやそうとキッチンに立った。冷やしたお茶をがぶがぶ飲んでたばこを吸うと、俺はベランダに戻った。
その間に花は開ききっていた。二つともである。
こんな馬鹿なことがあるだろうか。俺が席を外すまで、花は開花の気配を完全に消していたのである。それがなぜ、わずか2分ほどの間に咲いてしまうのか。
もはや意図的としか思えなかった。うちの夜顔は咲く姿を人に見せるのを恥じており、俺がいなくなるのを見はからって大急ぎで花を開くのだ。
以降も夜顔は恥じらいを続けた。ある時など、俺はカーテンのかげから開花を盗み見ようとした。それでも俺が隙(すき)を見せるまで、夜顔は決して開かなかった。
というわけで、俺はあきらめたのだった。花がそこまで恥ずかしがっているなら、むしろ開花は放っておこうと考えを改めたのである。その日からは咲いたあとの花だけを楽しんだ。それがうちの夜顔の個性なのだから仕方がない。