懸賞サイトは朝日マリオン・コム-懸賞 プレゼント、懸賞 応募、懸賞 旅行
2005.11.16(水)更新
 いとうせいこうの自己流園芸ベランダ派

いとうせいこう タイトル

第78回 オリーブの樹と害虫と
 オリーブの樹(き)を育てて、もう何年になるだろう。

 ともかく、俺(おれ)はずいぶんと長くオリーブと付き合っているのである。

イラスト
題字と季語イラスト・上田みゆき
 暖かい場所で育つ印象の濃い植物だが、毎年丈夫に越冬を重ね、ある年などは直径数ミリの白い花を二つだけ咲かせた。

 残念ながら実には至らなかったけれど、俺には花だけでも十分であった。何より常緑であるのがたくましく、松ぼっくりの一片に似た小ぶりの葉は、一度としてしおれたことがない。

 というわけで、いまや丈が2メートルを超えたオリーブは、俺のお気に入りなのだ。

 ところが数日前、その大好きなオリーブの葉が虫に食われているのを発見したのである。

 まだ被害は全体の三分の一くらいなのだが、虫は葉の表面をランダムに削り取るように食い、透明な組織だけを残していた。ふざけた食事のマナーである。

 俺は激しい怒りに燃え、風をものともせずに殺虫剤を吹きつけまくった。逆風のためにかなりの量が俺にかかったが、気にしている場合ではなかった。

 少しすると、小さな青虫がだらんと垂れてきた。糸を出してオリーブにぶら下がっている。薄いグリーン色を帯びた虫であった。

 我を忘れた俺はその害虫めがけて再び殺虫剤をまいた。噴射の勢いを受け、虫はぶらぶらと揺れた。

 そこで迷いが生じた。俺は小学生の頃、将来は昆虫博士になろうと固く心に決めていた人間であった。したがって、いまだに虫への興味が消え去らない。

 その害虫がじきサナギになり、蛾(が)か何かに変態していく様子が俺の脳裏に去来した。つまり俺はオリーブを取るか、虫の成長を観察するかという大問題の前に立たされたのである。

 このあたりがベランダーとして甘い部分だとは重々わかっていた。しかし、相手は見たこともない生命体なのだ。知った虫ならどうとでもするが、知らないとなると好奇心がわく。

 俺は折衷案を自分に提案した。その提案に、俺はもろ手をあげて賛成した。そして、まだ薬のかかっていない樹の先端を折り取って、それを隔離したのである。樹の先には虫が一匹いた。

 オリーブを救い、なおかつ虫を育ててみる。俺のベランダ生活はこうして脱線していくのであった。

(2005/11/16)

イラスト いとうせいこう・作家

1961年、東京生まれ。小説など活字のほか、映像、音楽、舞台など幅広い表現活動を展開しており、都会に住みながら主にベランダで植物を楽しむ「ベランダー」としても知られる。


>>バックナンバー

第77回 枯れても水をやる悪習慣(2005/11/9)
第76回 シャボン玉の木への愛の逆転(2005/11/2)
第75回 恥ずかしがり屋の夜顔(2005/10/26)
第74回 バナナと俺の領土問題(2005/10/19)
第73回 姫スイレンの呪いの使者、水草(2005/10/12)
第72回 芙蓉の、実感のない満開(2005/10/5)
第71回 風を受けて咲く花、夜顔について(2005/9/28)
第70回 風流を貫くための代償(2005/9/21)
第69回 いつまでも咲き続ける花、サフィニア(2005/9/14)
第68回 夏の終わりの身元不明(2005/9/7)
第67回 シャボン玉の木を拾うように買う(2005/8/31)
第66回 シシトウへの熱狂の果て(2005/8/24)
第65回 再び「宿根・種無し・大輪房咲き」(2005/8/10)
第64回 元気なシシトウへの臨時ボーナス(2005/8/3)
第63回 亜熱帯化する東京のベランダ(2005/7/27)
第62回 昼顔の奇跡を前にして我々は……(2005/7/20)
第61回 新タイプ朝顔か、旧来の朝顔か(2005/7/13)
第60回 姫スイレンとメダカ、共存せず(2005/7/6)
第59回 あんずのあり得ない結果(2005/6/29)
第58回 人と植物の間の、越えられない壁(2005/6/22)
第57回 ベランダ茶園という大きな夢(2005/6/15)
第56回 植木市報告、その1は姫スイレン(2005/6/8)
第55回 決して鬱蒼とはしていないのです(2005/6/1)
第54回 アヤメという反重力の娯楽(2005/5/25)
第53回 ライムに関する1年後の告白(2005/5/18)
第52回 雑草天国への飽くなき情熱(2005/5/11)
第51回 世界の法則に逆らうミョウガ(2005/4/27)
第50回 あんず授粉に関するあり得ない奇跡(2005/4/20)
第49回 ニッキの“蕾”をめぐるやきもき (2005/4/13)
第48回 あんずへの七日間大作戦 (2005/4/6)
第47回 先祖返りする植物の力 (2005/3/30)
第46回 春を告げる訪問者 (2005/3/23)
第45回 欲を罰されたブロッコリー収穫 (2005/3/16)
第44回 ゴールデンモンキーの到来 (2005/3/9)
第43回 俺を励ましたネコヤナギの光 (2005/3/2)
第42回 枯れ死んでいたはずのボケが…… (2005/2/23)
第41回 植えかえ人生への1本の否定 (2005/2/16)
第40回 園芸派自己流ベランダでもOK (2005/2/9)
第39回 カリンの実との気まずい再会 (2005/2/2)
第38回 花咲じいさんではなかったと知る時 (2005/1/26)
第37回 1月咲きの男 (2005/1/19)
第36回 世界の苦しみとブロッコリー (2005/1/12)
第35回 「初忘れ」のおめでたい克服 (2005/1/5)
第34回 師の教えに背いた罰 (2004/12/15)
第33回 師と選んだシャクナゲは (2004/12/8)
第32回 サザンカをめぐる一進一退 (2004/12/1)
第31回 ベランダー路上派に愛を込めて (2004/11/24)
第30回 苦手は“苞が花に見える植物”! (2004/11/17)
第29回 皆さん、お便りありがとう! (2004/11/10)
第28回 リンドウと俺の奇跡的な関係 (2004/10/27)
第27回 世紀の植物、「頭の良くなる花」! (2004/10/20)
第26回 ようやく落ち着いたアジサイ (2004/10/13)
第25回 四方八方に巻き付いたゴーヤの最期 (2004/10/6)
第24回 ダンゴムシたちの勇敢な旅 (2004/9/29)
第23回 大切な一夜に咲いた月下美人 (2004/9/22)
第22回 秋のタイムはウキウキ式土器 (2004/9/15)
第21回 天に向かって伸びない呪い (2004/9/8)
第20回 突然思い出した懐かしいイチジク! (2004/9/1)
第19回 ペットに近いツル性植物との日々 (2004/8/25)
第18回 花は血の流れない生贄である (2004/8/11)
第17回 収穫という名のアイデンティティー (2004/8/4)
第16回 朝顔のない、劣悪な都会の夏 (2004/7/28)
第15回 水だけやっても脱水症状 (2004/7/21)
第14回 咲かないダチュラと許せない虫 (2004/7/14)
第13回 枯れゆくスパルタ学園の新入生たち (2004/7/7)
第12回 小鳥たちの無自覚なプレゼント (2004/6/30)
第11回 すぐに根がつき、鉢植えになる「ノッポ」  (2004/6/23)
第10回 同志よ! ベランダに好物件などない! (2004/6/16)
第9回 植木市で珍品ゲット 俺は陶酔した (2004/6/9)
第8回 痛恨の不注意、アマリリスの墓標 (2004/6/2)
第7回 ベランダーの腕試される走り梅雨 (2004/5/26)
第6回 二つのマツリカの二つのはかなさ (2004/5/19)
第5回 母が勧める剪定でいい花咲いた (2004/5/12)
第4回 藤の機嫌を直した引っ越し (2004/4/28)
第3回 「特売品」は素早い対応が肝心なのだ (2004/4/21)
第2回 桜の花は下を向いて咲くのだ (2004/4/14)
第1回 「ベランダー」に福音の春が来た (2004/4/7)


サイトマップ | 会社案内 | 朝日マリオン・コムとは | 姉妹メディア | 会員規約 | 個人情報・著作権
asahi-mullion.comに掲載の記事や情報、写真の無断転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
Copyright 2010 Asahi Mullion 21. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.