去年手に入れたミントがいつの間にやらほとんど枯れ、子ネズミの尻尾(しっぽ)みたいな小さな芽だけになった。根元からちょろりと出た芽はなんともかわいらしい。
もともとは数十センチの丈があり、猛然と葉を茂らせていたのである。粉をふいたような白い微小な花が咲いていたこともある。
 |
| 題字と季語イラスト・上田みゆき |
しかし、当時は目に余った。すぐに乾いて葉がしおれるし、そもそも荒々しい姿にいまひとつ愛情を注げなかったのだ。香りはさわやかなミントだけれど、いかにも雑草然としていて、育てていても楽しさがなかったのである。
それが芽ひとつになると変わった。植え替えをしていないから、大きな鉢である。そこに不釣り合いな小さな芽が生え出ている。こうなるとなんとか元の形に戻してやりたくなる。
元の形が好きではなかったくせに、俺(おれ)は今、ミントの芽を他のどんな植物よりも大事に扱っている。水やりに気を遣い、風当たりの強くない位置に置き直し、真っ先に様子を見るのだ。
もし見事に育っても、あの雑草然とした植物なのである。行く末に愛を感じないにもかかわらず、やはり芽は育てたくなる。子供のかわいさみたいなものだろうか。ひよわで未来のある芽は、俺の中に抑えがたい育成欲≠ふつふつとわき上がらせるのだ。
ハーブの芽はたいてい土の上で寝てしまう。水やりの後は特にそうで、下手をすると腐る可能性がある。したがって俺はミントの芽を割りばしで支えてやり、少し遠くに栄養剤のアンプルを差して(近いと刺激が強過ぎる場合がある)妥当なエネルギー補給をし、完全介護態勢を敷いている。
冬の現在、芽は目立った伸びを示さない。一進一退の日々が続く。だが、将来ある芽を守っているのだと思うだけで、俺のベランダ生活は心地よい緊張感にあふれ、ともするとだれがちな季節を乗り越える勇気がわいてくる。
春まではなんとか頑張りたい。冬を越しさえすれば芽は勝手にすくすくと伸び出す。今は沈黙している根からも新しい子供たちが飛び出てきて、俺を熱狂させることは確実なのだ。
そして、やつらはあのかわいくない雑草になる。その頃、俺は世話にうんざりしてまた枯らしてしまう。
一年がこの繰り返しだ。