黄色いチューリップである。それがこの1カ月、東側ベランダで咲いている。
そもそも春の花だが、特殊技術のおかげで冬、しかも最長2カ月間も咲き続けるらしい。名前をクリスマスチューリップと言う。
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| 題字と季語イラスト・上田みゆき |
俺(おれ)はこの品種を鉢植えの状態で見つけ、すぐさま買って持ち帰った。冬にチューリップを、それも長い期間楽しめるのはうれしいではないか。
もし球根から育てれば大変である。まっすぐ立つ姿がいじらしい植物であるにもかかわらず、我が家ではたいてい太陽の方向に茎がカーブしてしまう。てっぺんに日が当たらないからだろうが、なんにせよチューリップの意義のほとんどがないがしろである。
幼稚園や小学校でよく球根植えをするチューリップだけれど、これがベランダだと意外にクセ者なのだ。
また通常の花は、咲いたと思っても花期はそう長くなく、花びらはじきにねじれて下を向き、はらりと落ちてしまう。その分、余韻もないわけで、つまり苦労の実りが少ない。
それでも俺は、何度となくチューリップの球根を買い、土の中に埋め込んできたものだ。
特にこの時期、球根は頼もしい。あちこちで葉が丸坊主になる中、確実に何かを育てている気にさせてくれる生命の塊だ。
見た目、そこには土しかない。他人からすれば殺風景のきわみだろう。だが、俺の脳裏にはありありと春の予想図が浮かんでいる。
だから、俺はありもしない幻想の花に向けて水をやる。事実は土くれに水をかけているだけである。それでも、奥に球根があるのとないのとでは天と地ほどの差がある。球根は甘い夢を見させてくれる、魔術的な存在なのだ。
そして、本当の春が来て夢はさめ、球根はたいしたことのない現実になる。例えば、ぐにゃりと曲がった茎である。すぐに落ちる花である。冬に思い描いていた未来とはずいぶん違う。
この落差を知っている俺には、今冬のチューリップの鉢植えが何よりである。下手な幻想よりも目の前の事実。刹那(せつな)的と言われてもかまわない。明日への努力も大事だが、今日の花はもっと大事だ。
俺は若干、堕落した。