懸賞サイトは朝日マリオン・コム-懸賞 プレゼント、懸賞 応募、懸賞 旅行
2006.2.1(水)更新
 いとうせいこうの自己流園芸ベランダ派

いとうせいこう タイトル

第86回 今年のチューリップは球根でなく
 黄色いチューリップである。それがこの1カ月、東側ベランダで咲いている。

 そもそも春の花だが、特殊技術のおかげで冬、しかも最長2カ月間も咲き続けるらしい。名前をクリスマスチューリップと言う。

イラスト
題字と季語イラスト・上田みゆき
 俺(おれ)はこの品種を鉢植えの状態で見つけ、すぐさま買って持ち帰った。冬にチューリップを、それも長い期間楽しめるのはうれしいではないか。

 もし球根から育てれば大変である。まっすぐ立つ姿がいじらしい植物であるにもかかわらず、我が家ではたいてい太陽の方向に茎がカーブしてしまう。てっぺんに日が当たらないからだろうが、なんにせよチューリップの意義のほとんどがないがしろである。

 幼稚園や小学校でよく球根植えをするチューリップだけれど、これがベランダだと意外にクセ者なのだ。

 また通常の花は、咲いたと思っても花期はそう長くなく、花びらはじきにねじれて下を向き、はらりと落ちてしまう。その分、余韻もないわけで、つまり苦労の実りが少ない。

 それでも俺は、何度となくチューリップの球根を買い、土の中に埋め込んできたものだ。

 特にこの時期、球根は頼もしい。あちこちで葉が丸坊主になる中、確実に何かを育てている気にさせてくれる生命の塊だ。

 見た目、そこには土しかない。他人からすれば殺風景のきわみだろう。だが、俺の脳裏にはありありと春の予想図が浮かんでいる。

 だから、俺はありもしない幻想の花に向けて水をやる。事実は土くれに水をかけているだけである。それでも、奥に球根があるのとないのとでは天と地ほどの差がある。球根は甘い夢を見させてくれる、魔術的な存在なのだ。

 そして、本当の春が来て夢はさめ、球根はたいしたことのない現実になる。例えば、ぐにゃりと曲がった茎である。すぐに落ちる花である。冬に思い描いていた未来とはずいぶん違う。

 この落差を知っている俺には、今冬のチューリップの鉢植えが何よりである。下手な幻想よりも目の前の事実。刹那(せつな)的と言われてもかまわない。明日への努力も大事だが、今日の花はもっと大事だ。

 俺は若干、堕落した。

(2006/2/1)

イラスト いとうせいこう・作家

1961年、東京生まれ。小説など活字のほか、映像、音楽、舞台など幅広い表現活動を展開しており、都会に住みながら主にベランダで植物を楽しむ「ベランダー」としても知られる。


>>バックナンバー

第85回 芽はどんなものでもかわいい(2006/1/25)
第84回 危機に抗する植物の生命(2006/1/18)
第83回 ミニシクラメンの可愛さに逆らえず(2006/1/11)
第82回 アジサイ型マシンは今日も快調(2005/12/21)
第81回 冬にもまだまだシシトウ(2005/12/14)
第80回 季節の先取りという生き方(2005/12/7)
第79回 我が師と新しいシャクナゲについて(2005/11/30)
第78回 オリーブの樹と害虫と(2005/11/16)
第77回 枯れても水をやる悪習慣(2005/11/9)
第76回 シャボン玉の木への愛の逆転(2005/11/2)
第75回 恥ずかしがり屋の夜顔(2005/10/26)
第74回 バナナと俺の領土問題(2005/10/19)
第73回 姫スイレンの呪いの使者、水草(2005/10/12)
第72回 芙蓉の、実感のない満開(2005/10/5)
第71回 風を受けて咲く花、夜顔について(2005/9/28)
第70回 風流を貫くための代償(2005/9/21)
第69回 いつまでも咲き続ける花、サフィニア(2005/9/14)
第68回 夏の終わりの身元不明(2005/9/7)
第67回 シャボン玉の木を拾うように買う(2005/8/31)
第66回 シシトウへの熱狂の果て(2005/8/24)
第65回 再び「宿根・種無し・大輪房咲き」(2005/8/10)
第64回 元気なシシトウへの臨時ボーナス(2005/8/3)
第63回 亜熱帯化する東京のベランダ(2005/7/27)
第62回 昼顔の奇跡を前にして我々は……(2005/7/20)
第61回 新タイプ朝顔か、旧来の朝顔か(2005/7/13)
第60回 姫スイレンとメダカ、共存せず(2005/7/6)
第59回 あんずのあり得ない結果(2005/6/29)
第58回 人と植物の間の、越えられない壁(2005/6/22)
第57回 ベランダ茶園という大きな夢(2005/6/15)
第56回 植木市報告、その1は姫スイレン(2005/6/8)
第55回 決して鬱蒼とはしていないのです(2005/6/1)
第54回 アヤメという反重力の娯楽(2005/5/25)
第53回 ライムに関する1年後の告白(2005/5/18)
第52回 雑草天国への飽くなき情熱(2005/5/11)
第51回 世界の法則に逆らうミョウガ(2005/4/27)
第50回 あんず授粉に関するあり得ない奇跡(2005/4/20)
第49回 ニッキの“蕾”をめぐるやきもき (2005/4/13)
第48回 あんずへの七日間大作戦 (2005/4/6)
第47回 先祖返りする植物の力 (2005/3/30)
第46回 春を告げる訪問者 (2005/3/23)
第45回 欲を罰されたブロッコリー収穫 (2005/3/16)
第44回 ゴールデンモンキーの到来 (2005/3/9)
第43回 俺を励ましたネコヤナギの光 (2005/3/2)
第42回 枯れ死んでいたはずのボケが…… (2005/2/23)
第41回 植えかえ人生への1本の否定 (2005/2/16)
第40回 園芸派自己流ベランダでもOK (2005/2/9)
第39回 カリンの実との気まずい再会 (2005/2/2)
第38回 花咲じいさんではなかったと知る時 (2005/1/26)
第37回 1月咲きの男 (2005/1/19)
第36回 世界の苦しみとブロッコリー (2005/1/12)
第35回 「初忘れ」のおめでたい克服 (2005/1/5)
第34回 師の教えに背いた罰 (2004/12/15)
第33回 師と選んだシャクナゲは (2004/12/8)
第32回 サザンカをめぐる一進一退 (2004/12/1)
第31回 ベランダー路上派に愛を込めて (2004/11/24)
第30回 苦手は“苞が花に見える植物”! (2004/11/17)
第29回 皆さん、お便りありがとう! (2004/11/10)
第28回 リンドウと俺の奇跡的な関係 (2004/10/27)
第27回 世紀の植物、「頭の良くなる花」! (2004/10/20)
第26回 ようやく落ち着いたアジサイ (2004/10/13)
第25回 四方八方に巻き付いたゴーヤの最期 (2004/10/6)
第24回 ダンゴムシたちの勇敢な旅 (2004/9/29)
第23回 大切な一夜に咲いた月下美人 (2004/9/22)
第22回 秋のタイムはウキウキ式土器 (2004/9/15)
第21回 天に向かって伸びない呪い (2004/9/8)
第20回 突然思い出した懐かしいイチジク! (2004/9/1)
第19回 ペットに近いツル性植物との日々 (2004/8/25)
第18回 花は血の流れない生贄である (2004/8/11)
第17回 収穫という名のアイデンティティー (2004/8/4)
第16回 朝顔のない、劣悪な都会の夏 (2004/7/28)
第15回 水だけやっても脱水症状 (2004/7/21)
第14回 咲かないダチュラと許せない虫 (2004/7/14)
第13回 枯れゆくスパルタ学園の新入生たち (2004/7/7)
第12回 小鳥たちの無自覚なプレゼント (2004/6/30)
第11回 すぐに根がつき、鉢植えになる「ノッポ」  (2004/6/23)
第10回 同志よ! ベランダに好物件などない! (2004/6/16)
第9回 植木市で珍品ゲット 俺は陶酔した (2004/6/9)
第8回 痛恨の不注意、アマリリスの墓標 (2004/6/2)
第7回 ベランダーの腕試される走り梅雨 (2004/5/26)
第6回 二つのマツリカの二つのはかなさ (2004/5/19)
第5回 母が勧める剪定でいい花咲いた (2004/5/12)
第4回 藤の機嫌を直した引っ越し (2004/4/28)
第3回 「特売品」は素早い対応が肝心なのだ (2004/4/21)
第2回 桜の花は下を向いて咲くのだ (2004/4/14)
第1回 「ベランダー」に福音の春が来た (2004/4/7)


サイトマップ | 会社案内 | 朝日マリオン・コムとは | 姉妹メディア | 会員規約 | 個人情報・著作権
asahi-mullion.comに掲載の記事や情報、写真の無断転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
Copyright 2010 Asahi Mullion 21. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.