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上野・仲町通り 〜 湯島

 散歩のだいご味はどこにあるかと聞かれれば、僕なら「町の中で一瞬の迷子の気分になること」と答えるだろう。

 上野・仲町通り、堺屋酒店のレトロモダンな建物をうちながめたり、その先の組み紐(ひも)の道明の見事な技に見惚(ほ)れているうちに宵闇がせまる頃となる、とする。

 さて、どうするか。さらに通りの先の池の端藪蕎麦(やぶそば)の座敷に陣取るか、おでんと酒肴(しゅこう)の多古久(たこきゅう)ののれんをくぐってみるか。この両店とも開店間もなく席がなくなってしまうことが多い。
 客は圧倒的にカップルが多い。女性に喜ばれる店の証拠だろう。

路地裏の名物バー。入り口で猫が2匹、客待ちしていた
(写真・横田正大)
 しばし思案の後、開店早々のバーにもぐり込みたい気分になる。仲町通りの湯島側の裏通りには東京屈指のバーが点在する。
 古い順からいえば琥珀(こはく)、EST! EST!! EST!!!(エスト エスト エスト)そしてAB…E(アベ)。

 琥珀は全国のバー通にはつとに知られた老舗。店内の格調も高く、カクテルの味もまさしく申し分ない。
 マティーニなど注文するとラリックのグラスで出てくるからうれしくなる。

 しかし今夜は琥珀よりはちょっと気軽にとEST! EST!! EST!!!に向かおうとする。
 すると、あれ、この辺のはずだったが、と店を見失う。いつも入ってくる路地と違うだけで迷ってしまうのだ。「迷子の気分」どころかただの迷子だ。

 とはいえ、少し歩き回れば目的地にたどりつく。これも散歩の楽しみのうち。
 カウンターに座ってホッとした後に飲むカクテルの味はまた格別である。

 まだ夜は早い。もう一軒、AB…Eをのぞいてみるか。この店のアベさんのジャズテープのコレクションがまた素晴らしい。
 路地の奥、しかも歩いてたった2、3分のところに、すてきなシェイカーを振るバーが3軒もある。

 湯島の奇跡−−この3軒のバーを僕はひそかにこう呼んでいる。

坂崎 重盛 (エッセイスト・題字も)



2002年7月10日付 朝日新聞(東京本社)「マリオン」から
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