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根岸(4)鍵屋へ

 1軒の喫茶店、1舗の居酒屋が、その町や界隈(かいわい)のイメージを決定するということがある。

 根岸の路地に提灯(ちょうちん)をかかげる居酒屋・鍵屋も、そんな存在の店ではないか。

店に1歩はいるとそこは大正、昭和初期の世界。熱かんに焼き鳥がよく似合う
(写真・横田正大)

 東京の居酒屋のベスト○○といったときには、必ず紹介される店。
 この店の前身の、古い酒の看板や石版刷りのポスター、柱にさりげなく下げられている懐中時計、そして投げ入れられた季節の花。
 こういった店のたたずまい。

 また、薄い木板に書かれた品書き。いつも変わらぬ、つきだしのみそ豆の味。
 5時の開店と同時に、カウンター席は潮が急に満ちるように、あっと思うまにうまってゆく。

 この鍵屋へは、JR鴬谷駅北口から言問通り、南口方面に歩いて、左側、古本屋D.BOOK店と若竹鮨の間の路地を入って、さらに路地を左に曲がればよい。
 路地の奥なので、初めて行く人はちょっとたどりつくのに不安を覚えるかもしれないが、言問通りから1、2分の所。

 しかし、もし初めて鍵屋へ行くつもりなら、できれば明るいうちにこの界隈の路地を巡り歩いてからにしたい。

 たとえば、D.BOOK店からさらに南寄りの鴬谷駅下交差点、前田フルーツの角の路地を入ってゆく。
 ここが、うぐいす通り。この通り沿いには地下にワイン室のある酒舗萬屋やソフトクリームで知られる喫茶・デンといった店が並ぶ。

 そのすぐ先が、五差路になっていて、向かいに看板を見ただけで店に立ち寄りたくなってしまう、手児奈せんべいがある。

 さて、この五差路、どの道を行っても面白い。  道沿いに辛くも残る、銅板ぶきの割り棟長屋や昔ながらの商店。美しいレトロな建築様式の病院。ひっそりと古びた寺院――。

 少し歩き疲れ、迷い疲れた後の酒肴(しゅこう)の味は、また格別となる。

坂崎 重盛 (エッセイスト・題字も)



2002年12月11日付 朝日新聞(東京本社)「マリオン」から
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