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谷中(8) 上野桜木周辺

 上野公園から東京芸術大学前を通り、和菓子の桃林堂脇の細い道を進むと、すぐに上野桜木の交差点に至る。

 目の前を通る道が言問通りで、向かって右は根岸から浅草、言問橋へと続く。左方向、善光寺坂を下って行けば千代田線根津駅。

店名もデザート名も愛玉子。台湾のおやつで、最近は中華ファミレスのメニューにも登場したという
(写真・横田正大)

 散歩中、この交差点の前に立つといつも一瞬、思い迷うこととなる。
 根岸方面をめざすか、根津へ下りて行くか、あるいは、そのまま道を横断して谷中方面へ足を向けるか。

 ただ、この界隈(かいわい)は初めてという連れがいたら迷わず、信号を渡り、まずは右角の旧吉田屋の、明治のおもかげ残る建物や明治から昭和に至る酒屋の展示物を見てもらう。
 そして、すぐ先の愛玉子の看板を指し示しつつ店内に入って一休みする。

 愛玉子、オーギョーチイと読む。東京下町散歩派にはあまりにも有名な店である。

 この寒天状というかゼリー状をしたデザートの由来も味も、知る人にはおなじみのものだが、初めての人を連れてゆき、その反応を見るのはなかなか楽しい。
 なにより、下町の有名店でありながら「街のはずれの細々と商う店」風のたたずまいが好ましい。

 旧吉田屋を見て、この愛玉子の店にしばらくいると気持ちは不思議な時間軸にタイムスリップする。
 この心理の下地ができあがれば、その後の散歩はより心楽しいものになる。

 愛玉子を出たら、向かいの和菓子の岡埜栄泉のウインドーをのぞくのもよし、もう少し谷中霊園方面へ足を進めて、江戸以来の銭湯を改造して開館したギャラリー、スカイ・ザ・バスハウスに立ち寄るもよし。

 しかし、根津へ下りて行こうとするのなら交差点に戻り、右角の、いかにも下町の喫茶店という風情のカヤバに心ひかれつつ言問通りぞいを歩いて行こう。

→ 谷中(9) 善光寺坂から へ

坂崎 重盛 (エッセイスト・題字も)



2003年2月12日付 朝日新聞(東京本社)「マリオン」から
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