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本郷(2) 菊坂下道周辺

 菊坂をずっと下って行ってもいいのだが、ちょっと気分を変えて春日通りから入ってみたい。
 本郷三丁目交差点から後楽園方面へ向かって歩き真砂坂上交差点を右折する。
 文京ふるさと歴史館真砂中央図書館を過ぎると、道は崖(がけ)の上に出る。

路地の奥の井戸。樋口一葉菊坂旧居跡は当時を思わせるたたずまいだった 
(写真・横田正大)

 その急な階段が炭団(たどん)坂。炭団坂を、丸い炭団のようにころげ落ちぬように注意しながら下ると、モルタル造りの家が並ぶ横丁に出る。急に下町の風景となる。
 この道を左に行き、地番で言えば本郷4丁目、31番と32番の細い路地の奥が、樋口一葉旧居跡
 いまだにポンプ式の井戸もあり、文学愛好家や、路地・横丁探訪者には、こたえられない、しっとりとした路地である。

 ただ、ここは当然、生活の場なので、来訪者は、住んでいる人に迷惑がかからぬよう注意しなければならない。この路地の一番奥には、まるで古い温泉旅館のような木造3階建ての建物がある。
 先は、行き止まりのようにも見えるが、実は細い道があり、右折できる。目の前の坂が鐙(あぶみ)坂。坂を右に折れ、鐙坂の案内板を右に見れば、さっきの横丁の先に出る。横丁の1本右の通りが菊坂ということになる。

 菊坂は下りきると、言問通りにぶつかるが、その手前右側に、旧伊勢屋質店の土蔵と木造の建物が見える。
 この質店、生活に窮した樋口一葉がよく通った、近代文学史上、もっとも有名な質店といえる。
 蔵の窓を見上げれば、昼間なのに蔵の中に橙(だいだい)色のランプが灯(とも)っていて、平成の世の情景とは思えない。

 旧伊勢屋質店脇の細い路地も美しい。丹精込めた植え込みの花の色が鮮やか。
 ハゴロモジャスミンの香りか、路地の中は、むせかえるような甘い香りにつつまれる。紫陽花(あじさい)の蕾(つぼみ)もすぐにでもほころぶ気配。

 本郷菊坂下道周辺は、懐かしい路地の宝庫である。

→ 本郷(3) カレーと古書店 へ

坂崎 重盛 (エッセイスト・題字も)




2003年5月28日付 朝日新聞(東京本社)「マリオン」から
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