レトロ越えて文化発信
港区の青山通りから南に伸びる骨董通り。おしゃれな街のイメージと相反するような古風な通り名。なぜ「骨董」なのか。
ここは60年代後半までは、都電が走り、ふつうの2階建ての建物が軒を連ねるいたって庶民的な土地柄だった。東洋古美術を所蔵する根津美術館に近いこと、渋谷や六本木よりは地価が安かったことなどから、国内の骨董品を扱う業者が自然と集まるようになったらしい。かつては数十軒の骨董店が通りに軒を並べたという。
「骨董通り」の名が一躍注目されたのは79年。この通りでかつて骨董品店を営んでいた中島誠之助さんが作詞し、歌手の真咲みどりさんが歌った「南青山骨董通り」という曲がメディアで取り上げられ、脚光を浴びた。一時は観光名所化したこともある。
近年は店じまいの骨董店もある中でこの通りにかかわり続け、骨董品のカテゴリーを超えて新たなステージに踏み出した人もいる。この地で西洋骨董の輸入販売を手がけた黒崎輝男さん(55)だ。地元の骨董品店はじめ喫茶店、花屋に本屋さんなど、従来型の生活文化に「西洋の家具」を溶け込ませた。趣味性やデザインへのこだわりを打ち出し、「ライフスタイル」という新しい観念を持ち込んだ。黒崎さんは92年、インテリアショップ「イデー」を開店。00年からは海外の若手クリエーターによるイベント「東京デザイナーズブロック」を主催、この通りを基点に活動を続ける。「未来から見たアンティークを作りたい」という黒崎さん。「ここは大人のカルチャーの発信地」と力を込めた。
そんな空気に誘われるように、通りに近い小路に万年筆専門店「書斎館」が4年前オープンした。「モノを売るのではなく空気を売っている店」とオーナー。「懐かしさを感じさせる空間」をテーマに、小学生が使うような机や昔の雑誌などを置き、独特な空間を演出している。
アンティークに加え、ちょっとした文化が、またここから生まれるかもしれない。骨董通りにはそんな大人の魅力が詰まっている。
(坂本悠子)