もんじゃ囲み弾む会話
夕方6時。会社員や学生らの姿が、通りに目立ち始めた。次々ともんじゃ店に吸い込まれていく。ソースの香り漂う店内。小麦粉を溶いただし汁と具を鉄板上で混ぜて焼くだけの素朴な料理だが、女性客は「キャベツが多くてヘルシー」と笑顔。各店の違いを確かめようと、「ここで2軒目。あと5軒回る」とフードテーマパークよろしくはしご宣言の学生たち。知らない者同士も思わず会話がはずむ雰囲気が、もんじゃの隠し味のようでもある。
なぜ、下町のありふれた食だったもんじゃが、月島で発展したのか。「元々は子供の駄菓子」とは月島もんじゃ振興会会長で「好美家」店主の村田耕作さん。焼く際に「文字」を書いて子供たちが遊んだのが名前の由来という。その後、好美家などが肉や魚介類を入れる工夫をし、大人の食事に発展させたことが今日につながったと見る。もんじゃを囲むことが「子供の遊びから大人のコミュニケーションの場になった」と村田さん。
さらに、月島地区が戦火を免れ、街並みがほぼ残ったことが無縁でないとの説も。下町情緒の濃い街として注目され、「下町の味」であるもんじゃ人気に火がついたというのだ。実際、現在のもんじゃ店主の多くは地元生まれ。幼少時から味に親しんでいたせいなのか呉服屋、宝飾店なども次々と転業して今の数になったとか。
「哲ちゃん」の店主金子尚昭さん(67)は地元で3代続いた魚屋から転業した。「シンプルな料理だから素材で勝負が決まる」と、魚のプロらしく他店との違いを出す。地元出身で月島と清澄通りに店を出す、「たんぽぽ」の店主・堀口元昭さんは元床屋さん。仕事師らしい繊細な味が人気だ。モットーは「もんじゃは遊びの延長」。もんじゃ焼きの歌「もんjaLOVE」のCDを出す凝りよう。
今夏、3年に一度の地元・住吉神社の大祭がある。それに合わせ、村田さんたちは「世界に羽ばたくもんじゃ」を目指すイベントも計画中だそうだ。
(石坂亜子)