歴史重ね、今に続く道
午前3時。ガタガタガタッと大八車が砂利をはじく。子どもの頃、朝方に聞こえてきた音。横山佐吉さん(81)の脳裏に、昭和初期の通りの光景が今も浮かぶ。大八車は青物市場の「やっちゃ場」に野菜を運んだ。夜が明けるにつれ、音は大きくなり、ラッシュアワーを迎える。「この通りで一番の思い出は大八車の往来かな」
佐吉さんの生家で、今も住む「横山家住宅」は宿場町通りの北側にある。大きく、どっしりとした構えと桟瓦(さんがわら)ぶきの屋根。間口が広くて奥が深い、江戸末期の伝馬屋敷だ。足立区の登録文化財でもある。父の代までこの家で江戸時代から続く紙問屋を営んでいた。
軒先の柱に刀傷が3カ所ある。江戸無血開城に反発する旧幕臣の彰義隊が会津に逃れる途中、怒りをぶつけた跡という。改築時に「万延元年」(1860年)とある棟札が天井裏から出てきたこともある。まさに歴史が刻まれた家なのだ。「いろいろ聞かれるから家の歴史は勉強しましたよ」。商家の出らしく、きちんと正座をした佐吉さんが言った。
横山家をはじめ、この通りには宿場町として栄えた頃の名残が染みこんでいる。当時と変わらない道幅、路地の多さ。10分足らず歩く間に40本近くの路地があった。江戸時代から続く絵馬屋もあれば、昔ながらの店構えの八百屋や和菓子屋も軒を連ねる。歩くうちに高い建物が少なくなり、徐々に空が開けてくる。「のどかだね」と言って通り過ぎる若者がいた。
とはいえ、砂利道は舗装路になった。魚屋や肉屋、呉服屋……と時代と共に姿を消す店もあり、往時のにぎわいは薄れた。上半分が曇りガラスのいかにも古めかしい横山家の玄関戸。帳場や硯箱(すずりばこ)があったかつての商談の場にいると、行き交う車や自転車のタイヤがガラス越しに目に入る。昔は多くの荷車の車輪が見えたのだろう。「変わらないものはないねえ」と、懐かしむ顔になった佐吉さんがしみじみ言った。「でも、昔があるから今があるんだよね」
(秋山幸子)