ものづくりの伝統 今も
「カンカンカン」と銀板をたたく音。通り沿いにある大槻工房の奥で、店主の大槻昌子さん(61)が彫金作業に精を出す。直線や曲線が印象的な作品は、繊細なアクセサリーから大きな花器まで幅広い。伝統工芸日本金工展などで多くの賞を受けた大槻さんにとって、ここは山手の女子校時代の思い出が詰まった街。7年前、呼ばれるように感じて移転してきた。「店にいるとお客さんから創作のヒントをもらいます」
戦前、ここは職人の街だった。「初めて猫足の家具を頼まれた時は、どう作っていいか困ったと祖母が言っていましたね。外国人の持ち込む絵や図面をもとに作ることも多かったようです」と宝田良一さん(57)は話す。1882(明治15)年に家具店として創業し、戦後洋食器店となった元町のしにせ「宝田商店」の4代目だ。横浜港の開港で、外国人居留地から移住させられた人々が造った元町は、欧米人のショッピング街だった。その店を支えた職人の工場や住居があったのが仲通りだ。
昨年末、仲通りを中心に、代官坂、汐汲(しおくみ)坂など約130の商店主らが商店街振興組合「元町クラフトマンシップ・ストリート」を結成した。物作りの伝統をふまえ、作り手が売り手となる「製販一体」を目指す。来年2月にかけて道路の舗装などの整備もすすむ。
新しい人も増えている。壁一面に扉の取っ手やフックが並ぶクロコアートファクトリーは2年前にオープン。神奈川県津久井町にある工房で夫の徳田吉泰さん(42)が作り、妻の美由紀さん(38)が販売する。熱した鉄をハンマーでたたいて表情を出す欧州の伝統技法が特徴だ。
家の柵(さく)など、客と相談して図案をおこし、商品を作る。「こんな形の陶器のシンクにこんな台座を」という要望に、シンク探しから始めることも。「お客様のこんなのが欲しい!というエネルギーに圧倒されます」と美由紀さん。
作り手と客が一対一で。そのぜいたくさは今の私たちが求めているものかもしれない。
(後藤 恵)