「昭和」伝える映画看板
「風と共に去りぬ」「第三の男」……東京都青梅市の旧青梅街道沿いの約200メートルにわたる通りの両側に、今どき珍しい手書きの洋画や邦画の看板が並ぶ。
泥絵の具の重ね塗りで様々な色と質感が出され、今にも画面の中で役者が動き出しそうだ。
「迫力があって、驚いた」。市内の大学に通う高橋久爾さん(22)はいう。
描いているのは、映画看板師の久保板観さん(64)。「映画看板はもともと使い捨て。昔の上映期間は1週間だったからね。今は1年中飾ってもらえるからありがたいね」
180×270センチの大きな板に紙をはり、ニカワで溶かした泥絵の具を使う、昔ながらの手法を続ける。「個性が出る」から、と下書きも投影機を使わない。
12歳で映画看板に魅せられ、独学で絵を学び、16歳から青梅の映画館で看板を描いてきた。テレビに押され、3館あった最後の映画館が73年に閉じると、久保さんも映画看板の仕事がなくなった。商店の看板の文字などを書く看板屋に転向した。
そんな久保さんの映画看板が再び青梅の街を飾るきっかけになったのは、94年の青梅宿アートフェスティバルだった。市内の商店街が企画したイベントで、約20年ぶりに映画看板を描いた。
この看板に目をつけたのが、昭和レトロ商品博物館と青梅赤塚不二夫会館の館長、横川秀利さん(70)。「映画は青春そのもの。映画を通して恋の手ほどきを受け、外国を知ったんだ」という横川さんら商店街の人々が、「通りに、にぎわいを取り戻したい」と久保さんに映画看板を依頼して、街づくりにつながった。
約160年前から通りに店を構える和菓子屋「道味(どうみ)」の川嶋洋子さん(58)は、「最近、若い人の姿が増えてきた」という。携帯電話のカメラで「ローマの休日」の看板を熱心に撮る20代の人の姿を見かけた。
今なお「昭和の青春」が伝わってくるようだ。
(牧野 祥)