市民の力でやきそば旋風
休日になると、同商店街に県外ナンバーの車が集まる。車の持ち主たちが目指すもの、それが「富士宮やきそば」だ。夫と娘の3人で来た愛知県の山内智子さん(49)は言う。「今日で5回目。近かったらいつでも来たい」
その特徴は、コシのあるむし麺(めん)や豚の背脂から取った肉かす、だし粉といった素材にある。肉かすの脂は、まろやかな風味をもたらす。昔から駄菓子屋や飲食店が多いこの街には、製麺所ができたこともあり、手軽に作れるやきそばが好まれたという。市内でやきそばを売る店は160店を超える。
やきそばの街として広く知られるようになったカギは、渡辺英彦会長(46)率いる「富士宮やきそば学会」が握っている。
市や商工会議所が開いた地域活性化の勉強会をきっかけに、00年、保険コンサルタントの渡辺会長をはじめ、会社員、学生ら市民13人が立ち上がった。「具体的に何かしないことには何もはじまらない」。街おこしの起爆剤として彼らが目を付けたものが、やきそばだった。彼らは自らを「G麺(ジーメン)」と名乗り、学会を結成した。
G麺らはマップや「う宮(ウミャー)! 富士宮やきそば」と書いたオレンジの旗を作り、観光客への目印に店頭に掲げた。これに並行してメディアに情報を発信し続けた。市民主導の街おこしは着々と進んだ。
効果を実感したのは翌01年5月の連休。飲食店が顧客のスーパーでは、麺が1日に5千食売れた。具材のキャベツの刻み過ぎで腱鞘炎(けんしょうえん)になった店主もいたという。
学会はイベントを仕掛け続けた。「やきそば三者麺談」「天下分け麺の戦い」……。ユーモアで味付けたイベントは人々の心をくすぐった。やきそばの街としての認知度は上がり、全国から視察団が訪れるようになった。01年から02年にかけて、製麺所2社は2億6300万円の売り上げ増という。
「ミッション麺ポッシブル」。出張依頼に応えて学会が焼き手を派遣する使節団の名称だ。人気に甘んじることなく活動を続けるG麺たち。ミッション(任務)はなおも続行されている。
(秋山幸子)