学問の街に息づく人情
東大正門前で1914年に創業した万定フルーツパーラーは、「よく来る学生が、いつの間にか教授になっていた」ほど、長らく学生に親しまれてきた。ノーベル物理学賞を受賞した、小柴昌俊さん(79)の姿も見かけたという。
昨年7月に2代目店主の外川甲二さんが亡くなったが、甲二さんが一から作り上げ、常連客に親しまれるカレーとハヤシの味を妻の喜美恵さん(68)が守る。「知識人や文豪が普通に道を歩いている。そういう人に接する機会があるのが、本郷の楽しさ。立派な人ほど気さくなんですよ」
移転前は、劇作家の木下順二さん(91)ら常連の「指定席」があった喫茶ルオーも健在。ただ、中庭付きで120席もあった店は80年の移転時に小さくなった。グループで議論や勉強会をする学生が減ったためだ。周りにあった100席規模の喫茶店はほとんど閉店し、昨今は学生の好みを反映してか、喫茶店よりラーメン屋が目に付く。
センター試験の前後、街はサクラ色の幟(のぼり)と照明に染まり、通りは「きっと、サクラサクストリート」になった。受験生の応援に近隣の商店が企画したという。
本郷には受験生や学生を受け入れる賄い付き下宿が多かった。いまはワンルーム賃貸マンションに押され、51年前に創業した「暁秀館」のみが営業を続ける。高・大学生、受験生、留学生の計20人を抱える小竹妙子さん(81)は、コンビニ生活の今こそ、温かな白いご飯に汁物、おかずなどがそろった「本来あるべき姿の食事」を皆でとることにこだわる。「食卓を人と囲み、コミュニケーションをとることで、若い人は成長するんです」
東大があり、神社仏閣があり、文人が多く居を構えた本郷。街の雰囲気を信頼し、「本郷の下宿だからこそ」子どもを預ける親の気持ちに応えたい、という思いも強い。
昔も今も、学問を志す人の根本は変わらない、と言う。「今の若い人も捨てたもんじゃない。ほんの数年でも、そんな人たちの力になれたらうれしいんです」
(堀 雅子)