煎餅にかける心意気
かつて日光街道の宿場町として栄えた草加宿。「おせん」という名のおばあさんが、茶店の団子をつぶして焼いたのが、この名物の始まりと伝えられている。
江戸時代の神社や、明治期の町屋建築など、歴史的な建物が残る街道沿いには、足袋やお茶、金物などの商店と並んで、老舗(しにせ)の煎餅屋が軒を連ねている。朝早くから煎餅を焼く主人の姿が見られる。
明治38(1905)年創業の「五楽(ごらく)堂」は備長炭と手焼きにこだわる店。「昔の草加煎餅はもっと固かったんだよ」と3代目主人の篠田清さん(72)は言う。いり豆のように何度もかまなければ飲み込めなかった固さに比べると、今はかむ回数が半分で済むように焼いているそうだ。
「飽食の現代は口どけのよさがおいしさの基準の一つだからね」。伝統の作り方は守りつつ、やや軽い食感の固焼きを作っている。もちろん昔の固さで焼くコツも忘れていない。スローライフの時代に固焼きが見直されれば、と願う。
街道沿いを1時間ほど歩くと、年季の入った看板やガラスの引き戸のある店々が、懐かしさをひっそりと漂わせている。
「草加煎餅は地味だからもっとPRしなきゃ」と言うのは「草加亀楽(きらく)煎餅本舗」社長の沼口孝次さん(63)。4年前、若い同業者をもり立てながら、総勢50人で煎餅の手焼き釜をのせた屋台を引いて、東京・日本橋からの約18キロを2日間かけて歩いた。途中、手焼きの実演をしながら煎餅を振る舞い、テレビ取材も受けた。
一昨年は業界初という「全国せんべいサミット」を実現。今年は新たな商標登録を目指して煎餅組合の仲間たちと草加煎餅の基準を作った。契約農家から原料米を取り寄せたり、伝統の味にこだわったりする「草加の味」が、粗悪な模倣品と区別されるように目指す。
「後を継ぐ若い人たちが、もっと夢を見られるように」というのが、沼口さんの思いだ。
古い街並みの中、かむほどに味のある、煎餅に生きる人々の心意気が見えてきた。
(菅谷知子)