異文化が交差する魅力
「都心の街にはない、異国的な『ゆるい雰囲気』が好き」。神奈川県相模原市の会社員・北川義己さん(26)は、6年ほど前から、週末になると国道16号沿いに遊びに来る。外国人が行き交い、英語の看板が連なり、大型オートバイが店先にとまる光景は、なるほど、ハリウッド映画さながらだ。
かつての50〜60年代には、その9割以上は基地の米兵が顧客の店だった。当時から営業する仕立屋「テーラーK・ブラザーズ」の代表・唐鎌照雄さん(69)は、「英語とドルが飛び交い、日本人は寄せ付けない雰囲気。まさに『外国』だった」と懐かしげに振り返る。しかし、変動相場制で円高が進むと米国人の客足が次第に遠のき、店を畳む経営者も出てきた。
76年には、福生で暮らす若者を描いた村上龍さんの小説「限りなく透明に近いブルー」が発表され、入れ替わるように米国文化にあこがれる日本人がやってきた。
米国アンティーク家具を扱う「BIG MAMA」の店長・広川恵さん(32)もその一人だ。愛媛県出身の広川さんは、20代初めに、「皆が自由に音楽を楽しんでいる」福生にあこがれて、16号沿いの楽器屋で働くようになった。現在は音楽家や画家など、アーティストに人気の元米軍家族用住宅「米軍ハウス」に住む。予約待ちが絶えない物件だ。「米国と日本の文化が混ざった福生の魅力を知らせたくて」と、昨年、商店街の若手店長らと「Fussa Map」を発行した。
以前の「古き良きアメリカ」的な香りが薄れていくことを懸念する人もいるが、「紅虎餃子房」など全国に約300店舗の飲食店展開をする際(きわ)コーポレーションの中島武社長(58)は、「ずっと変化し続ける16号であってほしい」と語る。子どものころから好きだった福生の町を活気づけたいと出店し、現在、古着屋や雑貨店、飲食店など約20店舗を数える。「基地があることで国境はあるけど、対人関係に境界線はない。現代に合った、異文化を生かした通りを模索していってほしい」
(中野晶子)