白亜の通り支える努力
東急東横線の大倉山駅を降りると、ギリシャ風の建物が並び、目を引く。漫画喫茶の階段も白亜なら、モスバーガーの前にも円柱が立つ。ここが大倉山エルム通りだ。
誕生は88年のことだ。大倉山への港北区役所の移転を機に、歩道がなく危険だった道路を整備し、電柱を撤去した。ここまでは普通。
当時の商店街振興組合の理事、浜野守司さん(72)たちは、アテネ市にある「エルム通り」と姉妹提携を結び、街のシンボルでギリシャ神殿風建築の「大倉山記念館」にならい、通り沿いの建物をごっそりギリシャ風に建て替えた。総事業費およそ23億円。記念館で行われていた「水曜コンサート」も後押しして、文化の薫りのする街が誕生した。
「ここ数年、一気にチェーン店が増えた」と、喫茶店「カフェ・グランデ」のマスターで、小さな頃から大倉山に住んでいる山田正人さん(35)は言う。大倉山は渋谷、横浜への交通の便がよい。地下鉄も延長し、大きなスーパーもできた。「地元ならではの独自性を持った店でないと生き残れない」
「パティスリー ピオン」の入り口にある小さな黒板には、その日誕生日のお客さんの名前が書いてある。誕生日ケーキに似顔絵をデコレーションするサービスも。「デパートにはできない、地域に密着したお店でありたい」とパティシエの塩坂真理さん(49)。ケースには「ギリシャの神話」「大倉山」という名前のケーキも並んでいる。
ギリシャ語でスズランを意味する「カヴァヌーラ」は、エルム通りと同時に生まれた地中海家庭料理の店だ。昨年末、シェフの阿部修さん(60)は、放置自転車や立て看板を撤去する清掃活動に参加した。これまでは各自で店の前を掃除していたが、横浜市と協力し、初めて他の商店街や住民といっしょに行った。「通りが出来たときはきれいだって褒められたけど、だんだん心がゆるんできた。新しく越してきた人たちをがっかりさせないように、初心にかえって維持していきたいね」
(根岸華奈子)