狭き道に静かな豊かさ
早春の葉山は、静けさに満ちている。相模湾を望む小さな漁港には、今が旬のワカメが潮風になびき、波の音が響く。御用邸や有名人の別荘があり、マリンスポーツが盛んという華やかさよりも、穏やかな時間が心地よい。
「こんなに風景の変化に富む通りもほかにない。散歩中、ついあちこち寄り道してしまう」と、葉山に貢献する団体を支援するため活動している「NPO法人葉山まちづくり協会」代表の森田昌明さん(72)。海ひとつとっても、弓なりの美しい浜辺が続くかと思うと、ゴツゴツした岩肌の磯が現れる。天気が良ければ遠く富士山が海に浮かび、自然豊かな山々が振り返ればすぐ目の前だ。道沿いには、300年以上の歴史を持つ「日影茶屋」などの老舗(しにせ)が点在し、葉山ならではの食を楽しむこともできる。
海岸通りの道幅は狭い。車同士のすれ違いには一瞬ひやりとする。夏季には車で渋滞になる。そんな通りの整備は1894年の御用邸の建設の頃に始まったといわれるが、車同士のすれ違いポイントを作る工事が行われる以外、100年以上たった現在でもあまり変わっていないという。「道を広くすれば交通量が増えて騒音問題も出てくる。住民は、穏やかな静かさを大切にしています。守っていきたいものです」と森田さん。
鉄道が通っていない葉山町はバスが足として欠かせない。京浜急行バス逗子営業所で?年近く勤務する主任運転士の新倉章さん(59)も海岸通りが広くなることは望まない。「むしろあの細さが住人には便利ですよ。海にひょいと渡れる」
バスは、路地から飛び出す人がいることを常に予測し、すぐに止まれるよう時速20キロ程度で走るという。対向車以外にも、住宅や店の軒先にも車体をひっかけないよう細心の注意を払う。その技術は先輩運転士から後輩へと引き継がれ今も健在だ。「真名瀬、芝崎からの眺めが一番気持ち良い。便利になるより、自然豊かで静かな葉山が好きです」。新倉さんは晴れやかに笑った。
(上林千紗子)