ぐつぐつと煮える鍋から湯気とみその香りが立ちのぼる。カキの身がふっくらし、つやがでてきたら食べごろだ。口の中で独特のうまみがじゅっと飛び出し、みその味とからみ合う。
◆
広島市出身の団体職員、竹本直さん(66)は、冷酒片手にカキをよそう。小さい頃から身近な食べ物だったが、「うまい」と思ったのはずっと後になってから。「土手鍋には酒があう。まさに大人の味覚だね」と笑う。
「子どもの頃、友達と遊んでいてカキ筏(いかだ)から突き落とされてね。昔はカキ特有のにおい、苦手だったな」と話すのは、同市出身で東京広島県人会広報部長の松島和夫さん(69)。今では生ガキや酢ガキが好物。毎年正月の雑煮にはカキを入れる。「でも手軽で体があったまるのは土手鍋。みそで煮込むから、カキのにおいがだめな人でもいける」
二人がカキ談議を交わした東京・銀座のカキ料理店「銀座 かなわ」の土手鍋は、あえて鍋のふちにみそで土手を作らない。みそが焦げて鍋の味を損なわないように、という配慮からだ。
「広島のカキは、水温が下がると身が締まって味が濃厚になる。11月〜3月半ばが旬ですね」と総料理長の植木武さん(36)。広島の本店では、古くからのカキ養殖の歴史を今に伝える「カキ船」で客をもてなす。静かな川面を眺めながら旬の味を楽しむのも、風情ある冬の風物詩という。
◆
「土手鍋のだいご味は雑炊にある」。竹本さんと松島さんは口をそろえる。カキと野菜、キノコ類のだしがたっぷりとけ込んだ雑炊は、とろりとして、こくがある。寒い季節、体を温め、栄養満点とあって、冬場は店で最も人気があるという。