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題字・イラスト 井沢洋二
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今年二度目のテニスにも拘(かか)わらず、プレーは絶好調。正月休み以来のジョギングが功を奏しているに違いない。ドラマロケ中のなか空き時間のプレーにすっかり満足した僕は、次の集合時間を目指して慌ただしくシャワーを浴びてテニスクラブを後にする。
携帯電話がないことに気づいたのは、クラブハウスのアプローチでのことだ。ズボンのポケット、上着のポケット、鞄(かばん)の中と焦って手でこねくりまわすとようやく鞄のポケットからストラップが顔を覗(のぞ)かせた。
ヒョイと引っこ抜いたまではよかったが、久しぶりのテニスで右腕が疲れていた。トットッと二度指先に触れた携帯を僕はハンブル、ネズミ色の電話機はコンクリートの階段に叩(たた)きつけられた。アンテナ、電池、電池カバー、本体、そして何かよく分からない破片の五つに携帯電話は分解した。
でも、僕は騒がない。「携帯がなければ生きてゆけない」なんてぬかす族では決してない。携帯なんてなくても、人は充分満足に暮らしてゆけるものだ。
$eが死にそうだだの、♂ニが火事だだの、そんな重要かつ火急な用件には、人は一生のウチに一度か二度しか出くわさない。あとのどうでもいいような約束事で、携帯電話に24時間監視されることに何の利便性があろうものか。
むしろ、目と鼻の先ほんの20センチに携帯電話がぶら下がっていることで、人がどれほどストレスを感じていることか。
たしかに電話機能、メール機能、iモード機能と何役で情報を伝達してくれる携帯電話は便利に違いない。しかし、あまりにも身近な距離で莫大(ばくだい)な量の情報に囲まれた時、本来、人の暮らしを豊かにしてくれるはずの情報が、人に危害を及ぼす。
≠んな物、私は食べられない≠んな服、私は一生着られない。人は知らなくてもいい情報まで取り込んで、ストレスを感じる。
それもこれも、近くばかり眺めているから。背筋が丸くなり、気持ちも暗くなる。そんな時は遠くを見よう。一日に一度は空を眺める。それがなによりのストレス解消法と僕は断言する。