|
|
題字・イラスト 井沢洋二
|
♪しのび会う恋を つつむ夜霧よ♪は、『夜霧よ今夜も有難(ありがと)う』。
♪霧が流れて むせぶよな波止場 チャンチャチャ……♪これって何て歌だっけ。
とにかく裕次郎映画の街や港はよく霧に覆われていた。
4月11日は、お台場の放送局からレインボーブリッジの橋脚をすっかり見失った。東京に霧が出たのは2004年11月以来、1年5カ月ぶりのことだった。
ちなみに翌日も、レインボーブリッジは薄く白く霞(かす)んでいた。でも、それは靄(もや)。視程1キロ未満が霧、1キロ以上の場合は靄と定義されている。
地表がすっかりコンクリートやアスファルトに覆われた都市化の影響ともいわれているが、たしかに東京の街並みがすっぽり霧に覆われることは少なくなった。それこそ裕次郎映画黄金期の昭和30年代には、年間24日観測された東京の霧は、この10年間では1.8日となっている。
子供の頃、霧が流れる街並みを窓から眺め、外へ遊びに行こうか行くまいか迷った思い出がある。
玄関を開けるとほんの数メートル先の門柱が白く霞んでいる。白い闇の中へ駆け出してしまったら、もう二度と家には戻れなくなると、子供の僕は恐怖心を抱いたものだ。
「霧の日に、子供は外に出てはいけません」おばあちゃんの声が家中に響いた。
大人の目の届かない街角の危険、それとも体を冷やしてカゼをひくことを気づかってのことなのか、普段はなかなかおばあちゃんの言いつけをきかない僕らも、霧の日の外出禁止令ばかりは素直に守った。
だが、映画のヒーローは、霧などを恐れてはいられない。裕次郎の巨悪との戦いも、ヒロインとの別れの時間も、霧の中で過ぎていった。
その実、映画の霧は発煙筒で、やたら煙たかったに違いない。
♪チャンチャチャ ただそれだけを……『俺(おれ)は待ってるぜ』♪全フレーズ唱(うた)ってようやくタイトルを思い出した僕。
都会の暮らしから霧は遠い存在になったようだ。
※作詞『夜霧よ今夜も有難う』浜口庫之助、『俺は待ってるぜ』石崎正美。