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題字・イラスト 井沢洋二
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見上げた空が、黄色いチリに霞(かす)んでいた。18日に東京で黄砂が観測されたのは、2000年4月以来、6年ぶりのことだ。
黄砂と聞いて僕がまず思い浮かべるのは、灼熱(しゃくねつ)の太陽の下、遥(はる)か地平線まで荒涼と続く砂の大地。三蔵法師も旅したであろうシルクロードの風景だ。
砂嵐は、時にそそり立つ巨大な壁となり、砂の大海原を渡る旅人の行く手を阻む。いとも容易(たやす)く人の命を奪う暴風に、旅人が魔物の姿を見たのも頷(うなず)ける。
砂じん嵐を天気記号で表すならば〈
〉。中学生の僕は、ラジオの気象通報で<Eルムチでは南東の風、風力8、砂じん嵐……と聴いて、地面に伏せても目や口や耳、穴という穴に砂が入り込む惨状を想像したものだ。
18年前の映画「敦煌」の撮影では、ロケ隊が砂嵐に苦労したと聞く。砂嵐は毎日、お昼過ぎにやって来る。だから、ロケ隊の撮影は早朝から午前、そして、砂嵐をやり過ごした午後遅くから日暮れまでの1日2回。その度に、1000人にも及ぶ現地エキストラ共々(ともども)、砂漠のロケ地から街まで、行ったり来たり、大切な時間を費やした。
夜間、ぐっと冷え込んだ大地は、日中、春の強い日差しに暖められ上昇気流を引き起こし、やがて砂嵐を産む。大地が充分に暖められたほぼ同じ時間に、毎日、砂嵐はやって来るわけだ。
砂漠を旅したことのない僕だが、オーストラリアのパースで、砂漠が引き起こす強い風に晒(さら)された。
夏の日の午後、内陸部のグレートビクトリア砂漠は、インド洋から海風を引き寄せる。白い砂浜で寝転ぶ僕は、砂嵐のほんの触りに遭遇したわけだ。
しかし今や、黄色い空を見上げ、砂漠の物語に想(おも)いを馳(は)せている場合じゃない。日本に舞い降りる黄砂は、残念ながら自然の営みとばかりは言っていられない。
人間は森の木々を燃料とし、増えた家畜は草を喰(く)い荒らす。本来、緑の大地であるべき場所が砂漠となり、遥か彼方(かなた)の島国まで砂をまき散らす現実となる。
空に垣根はない。地球にたった一つの空。壊すも守るも僕ら人間にかかっている。