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2006.7.12(水)更新  石原良純のあした天気に
石原良純のあした天気に
憧れの高原列車
題字・イラスト  井沢洋二
 地上を1気圧、1013ヘクトパスカルとすれば、上空5000メートルでは540ヘクトパスカル、空気は下界のほぼ半分しかない。

 僕が標高5000メートルの世界を体験したのは、アフリカ大陸の最高峰、標高5895メートルのキリマンジャロ登山でのこと。

 薄い空気は必死に肺を膨らませて体内に取り込んでも、血液中の酸素濃度を満たしてはくれない。酸欠は、吐き気となって僕を苦しめる。希薄な空気は、人の命をいとも簡単に奪うことさえある。

 少ない酸素に頭の中は真っ白になり、思考は止まる。それでも、軋(きし)む体を励ますために、数を数えながら山頂へ続くガレ場を進む。

 1で右足が前へ。2で左足が前へ。3、4はその場で軽く足踏みする。歩む速度は下界の2分の1、それが、空気が半分の世界で僕がみつけた登山のルールだ。

 標高5000メートルを駆ける鉄道が、今月1日に開通した。$「界の屋根と呼ばれるチベット高原を貫き、中国・青海省西寧とチベット自治区ラサを結ぶ青蔵鉄道。未開通部分だったゴルムドとラサ間が竣工(しゅんこう)したのだ。

 新区間は1142キロのうち、なんと標高4000メートル以上の区間が8割以上、平均標高は4500メートルにも達する。一番高い所はタングラ山脈中で5072メートル、正に世界で最も高い所を走る鉄道なのだ。

 青蔵鉄道の客車は、気圧調整可能な密閉車両。さらに、高山病を訴える乗客のために酸素マスクが座席に装備されている。また、高原の強い紫外線を防御する特殊なガラス窓や避雷針など、過酷な自然条件に対する様々な工夫が凝らされている。

 標高5000メートルの沸点は84度となれば、食堂車で食事を取る乗客のご飯は、圧力釜で炊いているに違いない。

 しかし、鼻からチューブで酸素吸引しながら食べる中華料理は、果たして美味(おい)しいのだろうか。

 かつてキリマンジャロ登頂を終えた僕は、標高4500メートルあたりでようやくの空腹感に、チョコレートを口に含んだ覚えがある。

 乗りたいような、乗るのは怖いような、高原列車は希薄な空気の中を今日も行く。

いしはら・よしずみ 俳優・気象予報士。62年神奈川生まれ。84年デビュー。舞台、映画、テレビで活躍中。97年気象予報士に。「FNNスーパーニュース」でお天気キャスターを担当。

(2006年7月12日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)

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