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題字・イラスト 井沢洋二
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7月17日は、≠じさい忌。
故・裕次郎叔父の祥月命日を、叔父が好んだあじさいの花にちなんで、まき子叔母が名付けた。
同じ雨に濡(ぬ)れるあじさいの姿も、梅雨の初めと終わりとではずいぶん様子が変わってくる。
梅雨の初めに、小雨の煙る街角に可憐(かれん)な姿を楽しませてくれるあじさいは、暖かく湿った空気と、時折、雲の切れ間から顔を覗(のぞ)かせる強い日差しでグングン育つ。逞(たくま)しく成長したあじさいの花は、太い茎と緑濃い厚い葉っぱに守られて、梅雨の終わりを告げる大粒の雨にびくともしない。
あじさいと雨に縁があるように、裕次郎叔父と雨も深い因縁がある。
大作映画の重要シーンのロケ日や、あの九死に一生を得た大動脈瘤(りゅう)の手術の晩など、叔父の人生の節目には必ず雨が付きまとった。
それは、生前に限ったことではない。叔父の法要を大勢のファンと共に行おうとすれば、必ずまた雨が降る。数万人の参列客をズブ濡れにした大雨は、本堂の屋根を叩(たた)き大きな唸(うな)り声を上げる。その時、読経を待つ僕らは、裕次郎叔父がやって来たことを確信する。
そんな大粒の雨を、僕は秘(ひそ)かに@T次郎の雨と呼んでいる。そして、@T次郎の雨は、7月17日に降るとは限らない。
1990年2月17日午後7時の杉並、阿佐ケ谷駅頭。衆議院選挙の初陣に臨んだ兄・伸晃の選挙戦最後の街頭演説が始まる直前、雷が鳴り響き街を夕立が襲った。ドシャ降りの中、熱弁を振るう兄を、鼓舞する叔父の声を僕は聞いた。
1999年4月11日午後10時、新宿の街は大雨に白く煙っていた。青梅街道に面した駐車場に仮設されたプレハブ小屋の中では、父・慎太郎の都知事選勝利会見の真っ最中。僕は通りの向こう側さえ見えない雨に、叔父の喜びの声を聞いた。
2002年9月16日午前10時。三重県伊勢神宮。僕の結婚報告に内宮の長い参道を進めば、傘など全く役に立たない大雨。僕は、伊勢の森に響く雨音に、叔父の祝福の声を聞いた。
石原家の一大事には大雨がつきもの。僕はその大雨に安心する。