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題字・イラスト 井沢洋二
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何はともあれ、7月30日に、中国地方から関東地方まで一斉に梅雨が明けた。30日の江の島の人出は21万6千人。
その1週間前、小雨に煙る夏休み最初の日曜日の人出は、僅(わず)か1万4千人。いかに真夏の陽(ひ)の光を待ち詫(わ)びていたかが分かる。
夏の海に出かけたならば、何はともあれザブンと海へ飛び込んでみる。街の暮らしで海を忘れていた体は、海水の不親切な冷たさや波の乱暴な力に一瞬たじろぐ。でもすぐに、肌と海水は融合し、自分本来の居場所にすっぽりと納まったような心地良さが訪れる。
それはまさに、大自然に抱かれた安心感。そんな時、生命の起源はやっぱり海の中にあるのだと、人間のDNAの中に眠る遠い遠い記憶が甦(よみがえ)る。
人は年に一度は、頭の天辺から足の先まで、海水に浸(つ)からねばならない。肉体的にも精神的にも体の中から余分なものが、海へ溶け出してゆく。♀Cに浸かるは、°を見るに続く、僕の二つ目のストレス解消のキーワード。
そして、もう一つの夏休みの楽しみといえば日焼けだ。皮膚がんのもと、免疫力低下のもと、白内障のもと、人は何と言おうとも、日焼け無くして夏は語れない。
海にサンオイルなんて必要ない。人で溢(あふ)れる海水浴場の海面に、まったり漂う油膜のほうが、日焼けより体に悪いに決まっている。潮風に身を晒(さら)せば、それが自然のサンオイルとなる。
いっぱい遊んで、いっぱい夏の陽を浴びた夕暮れ時、火照った体をシャワーで冷ます。勢いよくぶつかってくる水滴に、肌がチリチリ痛んだら、それが夏の日を悔いなく遊んだ何よりの証しだ。
今いちど、人影のまばらになった砂浜を、素足で歩いてみる。さっきまで元気良く海風に泳いでいた海の家の幟(のぼ)りがダラリと垂れ下がり夕凪(ゆうなぎ)の時刻。
砂粒に灼熱(しゃくねつ)の陽の名残を感じ、小さな波が長い音を引きずって崩れ落ちるのが聞こえる。
西空に傾く夕日に照らされ、黄金色に輝く水面に跳ねる黒い陰−−夕凪の 光るみなもに ボラ跳ねる−−
これっ、5年前の駄作。