てくてく、てくてく、てくてく。パン工場までの道のりを、ひとりよく歩いた。私が4歳から8歳まで過ごした町。辺りにはおもちゃ屋も文房具屋もあって、空き地も畑もまだたくさんあった。
「食パン6枚切り1斤……。食パン6枚切り1斤……」。忘れないように唱え続け、言い疲れた頃到着し、工場のガラス戸を開けるとひと息で注文した。こればかり注文していたから、珍しく「食パン8枚切り1斤、サンドイッチ用に耳を落としてください」と伝えなければならないときは、ド緊張であった。
あれは、私のはじめてのお使いの日々。忘れませんように……。怖いおじさんに遭遇しませんように……。工場に着く頃には硬貨を握りしめた手がじっとりしていたけれど、親はあまり心配していなかったように思う。
あの頃は、きっとよい時代だった。行き交う人はほとんど顔見知りだったし、パン工場のおじさんは同じ注文しかしない私に「今日は何にする?」と必ず話しかけてくれたし、時には真ん中にピーチがのったデニッシュをおまけにつけてくれた。
最近は信じ難い残忍な事件が多くなり、子供にひとり歩きをさせることがむずかしくなったと耳にする。でも、ひとりのお使いや道草は社会への第一歩。ちょっと大人になった気がして、嬉(うれ)しくもあるのである。