その年の広島は台風に何度も見舞われた。市内から車で3時間、山間の村にひと月こもりっきりで映画の撮影をしていた。大半が雨だったが決行するしかなく、早朝に始まり、撤収は深夜、難航する日々が続いた。
川縁に立つ昔ながらの小さな旅館にお世話になった。何時に帰るか分からない私たちのごはんを用意するのは大変だ。そのときの旅館のお母さんのあからさまに嫌な顔。「お弁当の方がいいわよ」とはっきり言う。私とマネジャーは「お母さんのごはんが食べたいな」と甘えてみる。すると観念したように「んまぁ〜、しょうがない」と言ってくれた。
お母さんはいつもひときわ目をひくピンクや赤の紅をひいていた。同系のカットソーにスカート。その色みをさらりと着こなしてしまう。色白な肌、栗色に染められた髪、ヨーロッパの貴婦人のようで格好よかった。
料理はその見た目そのもの、自己流と言っていたけれど、オーベルジュ(料理宿)さながらに洗練されていた。「アユやワニ(サメのこと)は食べたかのう」と地元の人に聞かれたけれど、好きじゃない、と出てこなかった。褒められるのが苦手らしかったが、縁側で写経するお父さんのことは照れながら話してくれた。つっけんどんに映った印象がチャーミングでたまらなくなった。増水で氾濫(はんらん)しそうな川の隣で眠るのは恐ろしかったが、あのお母さんに会えたことを思えばよいではないか。