四、喜びありや
「他人(ひと)の褌(ふんどし)をはけ」とは、私の哲学のひとつです。専用のまわしだけを締めていたら、自分の領域を出ることは出来ません。狂言の場合なら「芸を習う」ことが「師匠の褌をはく」ことだと言えるでしょう。当然ぶかぶかですから、師匠と同じになれるように芸を太らせなくてはなりません。そうやって自分が意識して持っている以上の可能性を見いだしていくのだと思います。
芸術監督を務める世田谷パブリックシアターでは、定期的に「解体新書」という公演をプロデュースしています。各界の第一線で活躍する表現者をゲストに招き、卓越した技を披露して頂きます。そして、その技を使って私とコラボレーションして頂き、表現方法を解体していくという趣旨です。いわば異種格闘技というか、他流試合ですね。私も初めて挑むことが多いので、大勢の観客の前で恥をかくこともあります。かなり幅広い表現方法をもった狂言とはいえ「狂言の芸だけでは表せない領域がある」ということを認識し、表現者としての謙虚さを失わないことも大切だと考えています。
今まで映画や舞台など、いろいろと経験させて頂きましたが、まだ足りないですね(笑)。もっといろいろなアーティストから学びたい。芸を盗みたい。映画監督も一度はしてみたいです。子どもの頃から父が海外で狂言を演じたり、新しいことに挑戦している姿を見て育ったからでしょうか?
「面白きこともなき世を面白く」とは高杉晋作の辞世の句の一節です。「三番叟(さんばそう)」にも「喜びありや(喜びあれ!)」という言葉が出てきますが、私は狂言の基本精神「生きることの喜び」を自らも舞台の上で実感しながら、芸を通して皆様に伝え続けたいと思っています。(談)
◇4月は、フリーアナウンサーの内田恭子さんです。
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