漫画「ジョジョの奇妙な冒険」で盛り上がったと思えば、「新宿にも分祀(ぶんし)がある」と熊野神社の話になり、次の瞬間には「谷崎潤一郎の『痴人の愛』って今で言うと……」。せまい店内には、20〜30代後半の男女。鋭角なL字形のカウンターはどこに座っても誰かと視線がぶつかる。仕事帰りやはしご酒を楽しんでから立ち寄る出版関係者やデザイナー、学生らの話題はめまぐるしく移ってゆく。
ここは希望者が日替わりで店長を務めるバー「無銘喫茶」。新宿ゴールデン街にある。幾筋もの路地に古びた飲み屋が250余もひしめき、辺りは今も昭和の面影を残す。
「来る日で店の雰囲気が全然違うのが面白い」と話す尾崎昂哉さん(25)は、毎週木曜に「木曜喫茶」の店長として店に立つ。普段は非常勤講師として、中学で国語を教える。文学系喫茶にしたいと始めて4年。本業を持っても店長を続けるのは「子どもの頃、遊びたいと思ったら原っぱに行ったでしょ。行けば必ず誰かいる、そういう場を作れているのかなって思うから」。古書店で手に入れた絶版本から最近のコミック本まで、好きな本を持ち込んで雑然と並べる。作り付けの棚にはCDやギター、店の奥にはツイッター画面が開かれたパソコンも。客は差し入れた食べ物を片手にグラスを傾ける。なにやら秘密基地のような雰囲気が漂っている。
午前2時過ぎ、常連客の女性が1人で現れた。友人と飲んだ帰りだという。カウンターには12人が座り、すでに満席。尾崎さんに「ビールもらうね」と声をかけると、慣れた様子で入り口そばの傾斜の急な階段に腰掛けて本を広げた。一帯がかつて売春街だった名残で、この店にも2階と屋根裏部屋がある。
「コーヒー下さい」。隣の男性が意外な注文をした。尾崎さんがミルで豆をひき、丁寧にドリップすると香ばしいにおいが店に広がった。気づけば、午前3時1分。今夜の「原っぱ」に集まった者はまだ誰も席を立たない。
(河内奈々)
【無銘喫茶】
東京都新宿区歌舞伎町1の1の8、花園一番街(新宿駅、電話なし)。2002年、「あんよ」という店を引き継いで開店、これまでにのべ約140人が店に立った。不定休。http://mumei.co.jp/kissa
▼「木曜喫茶」 毎週(木)、午後8時〜翌午前4時ごろ。ビールと各種アルコール600円、コーヒー500円など。チャージなし。