篤姫が生まれた今和泉島津家は、島津藩主の居城・鶴丸城の北側、鹿児島の城下町として栄えた上町(かんまち)と呼ばれる辺りにあった。現在、屋敷自体はなく、通りに面した石垣だけが残っている。
斉彬の養女となった篤姫は、江戸へ出発するまでの約2カ月間を鶴丸城で過ごした。本丸跡には県歴史資料センター「黎明館」が建っているが、付近の石垣や石橋は当時のままだ。
篤姫が鶴丸城から江戸へ向かうときに歩いたといわれる西田橋は、石橋記念公園に移設保存されている。参勤交代の列も通り、城下の玄関口となっていたこの橋は見事な造りで、藩の威厳を感じさせる。