つるして豪快にさばく
宙づりにされたアンコウに刃が入れられる。両ヒレを切り落とし、口の周囲から一気に腹皮をはぐと、グロテスクな外見からは想像もつかない、ほんのり赤みがかった白い身肉がのぞいた。「まー、色白になったわね」。息をのんで見守っていたツアー客から歓声がわく。
アンコウの本場で知られる北茨城の大津漁港。黒潮と親潮がぶつかる豊かな漁場で、寒さが一段と増すこの時期、一番の脂がのったアンコウが水揚げされる。「今年は小ぶりかな」と市場食堂の大森博之さん(65)が豪快な包丁さばきを披露する。
水深100〜200メートルの深海に生息し、大きいものは70センチメートルを超す。柳肉(身肉)にはじまり、皮、トモ(ヒレ)、エラ、ヌノ(卵巣)、水袋(胃)、キモ(肝臓)。一般に「アンコウの七つ道具」と呼ばれ、口骨を除いてほとんどが食べられる。
鍋は湯に肝を溶かし、白菜やシイタケを加えて味噌(みそ)仕立てで煮込んでいく。身肉は淡泊。だからこそ、肝が味の決め手となるという。コリコリ、プルプルと口に入れるたびに違った食感が味わえるのも楽しい。コラーゲンがたっぷりといううわさを聞きつけ、最近は女性にも人気が高い。
ルーツは「ドブ汁」!?
アンコウのうま味が凝縮されたドブ汁。ドブはすべてという意味ももつ
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今でこそアンコウは高級なイメージがあるが、大森さんの幼少の頃は、漁港へ行けばそこら中に転がり、猫も寄りつかない「猫またぎの魚」と呼ばれていた。市場で安価で取引され、水の調達できない船上では、アンコウから出た水分だけを使って、干し大根やワカメなどの乾物と煮込み腹の足しにした。下水のドブを連想させる見た目から「ドブ汁」と名付けられた料理は、アンコウ鍋のルーツといわれる。このドブ汁を水戸のある料亭が食べやすくアレンジして出したことから、アンコウ鍋の名は一躍全国に知れ渡った。
グロテスクでもうまい
地元の旅館や食堂ではアンコウ鍋とともにドブ鍋がメニューに並ぶ。「ドブ鍋を注文する前にまず椀(わん)で試してみて」というアドバイスに、恐る恐る一人前を注文。蓋(ふた)を開けると強烈な磯の香りと、椀の縁に浮かぶオレンジ色の脂に少したじろいだ。だが、口に運ぶと、意外なほどまろやかで淡泊な身と抜群の相性を見せる。「新鮮なアンコウだからこそ出せる味」と大森さんも胸を張る。
グロテスク、ドブ――。食べ物には似つかわしくない言葉がつきまとうが、その裏に知る人ぞ知る、うまさが隠れていた。