その名の通り、川底からお湯がわき出る珍しい温泉。山あいを流れる大塔(おおとう)川の河原の一部は、掘ればそこが湯船になる。
スコップを手に掘ってみる。川岸に大岩がせり出した2カ所のポイントが即席の温泉場だ。昔の地震でできた断層が地表までせり上がったため、深く掘らなくても温泉がしみ出してくる。
30分ほどで穴ができた。服を脱ぐのももどかしい。つかって掘っての繰り返し。背中にあたる石を取り除くのも、快適な風呂づくりには欠かせない。平らな石を枕代わりに体を横たえれば、足に、肩に「熱」を感じる。源泉の湯温は70度を超える。川の水を引き込んでぬるめてみるが、いよいよ熱くなったら、川へドボン。ゆったりした流れに身を任せていると、温かい水の塊にぶつかった。
11月になると、様相は一変する。地元の熊野本宮観光協会が重機で川底をかき、巨大露天風呂を造成する。長さ50メートル、幅15メートル、深さ60センチの「仙人風呂」づくりは、10日間を費やす大工事だ。温度は42度に保たれ、そのための湯守もいる。手間も費用もかかるが、それでも入湯料はタダ。
「ここは昔から熊野古道を歩く参詣(さんけい)者に、地元の人が振る舞い湯をしてきた地。お金をもらう気はない」と、栗栖敬和会長。23年目となる冬の風物詩は、来年2月まで。休日になると、大阪方面からの日帰り客もやってくるという。地底からの贈り物には、土地の人のもてなしの心も溶け込んでいた。
文 岩田知久
撮影 塚原紘