「まだ早いかな」「そろそろいいんじゃない?」
山登りに来たという中年の女性グループと一人旅の男性が、楽しそうにのぞき込む。スコップで掘った穴に、新聞紙にくるんだ生卵やソーセージを埋めていた。あとは何もせずに、ただ待つだけ。100度を超す砂の温度を利用した簡単蒸し料理の完成だ。
北アルプス・燕岳(つばくろだけ)の登山口にある中房(なかぶき)温泉の一軒宿から、敷地内の山道を上って15分。突然、開けた場所に出る。数カ所の穴から白い蒸気が上がる「焼山」という地熱地帯。かすかに硫黄のにおいが漂い、地面はくだけた花崗岩(かこうがん)で白い。
わずか10分ほどで、生卵は「地熱蒸し卵」になった。白身はゆで卵よりやわらかく、半熟の温泉卵より硬い感じ。中からしっかり蒸し上がり、食べたら石焼き芋のようにホックホクしていた。
こんな地熱に温められ、中房温泉の源泉は70〜97度にもなる。空気にさらしたり、冷水のパイプを通したりすることで、薄めずに適温にしている。なめらかで、入るとつるつるする「美肌の湯」。これも含まれる成分の恵みか。温泉プールなどの変わり種も含めて風呂は屋内外に14カ所。1泊ではとても回りきれそうもない。
昼間は食材だったが、夜になって「地熱浴場」で自分の体を蒸してみた。むしろを敷いて横になったら、山すそまでびっしりと瞬く星空が迫ってきた。1時間余りで5、6回、流れ星に出合った。ほおをなでる風は冷たいが、体の芯から温まり、汗が噴き出てきた。
ライター 野添ちかこ
撮影 垣内博