一瞬、色が揺らいで見えた。紫からオレンジ色へと細やかに変わる階調、絵の具を流し込んだような独特のにじみ。地熱蒸気を利用した天然の染め物が、八幡平の森の中にあった。
温泉卵や温泉まんじゅう。蒸気でゆでたり蒸したりする名物は多く、野菜づくりや花栽培にも使われる。熱で生地に染料を定着させる染色手段も、よく聞く話だ。
でも、近くの松川温泉と同じ成分を使った染色は、ちょっと違った。「山一つ向こうの蒸気では染まらない」と、地元の染色作家、高橋一行さん(34)。蒸気の水分が多すぎず、硫黄成分が濃すぎず、絶妙なバランスなのだという。生きている地球を実感。
布を糸で縛り、染料に漬ける手仕事の「絞り染め」。それを、地中から噴き上げる100度を超す蒸気で蒸す。熱の定着作用に加えて、脱色効果を持つ硫黄成分が独自の濃淡と色ムラをつくる。「色の揺らぎ」は、自然がもたらす造形美だ。ハンカチやスカーフ、洋服などの布製品に形を変え、世界で一つだけの天然染色品として売られていた。
東八幡平から松川温泉までの渓谷沿いは、紅葉の名所に挙げられる。見ごろを迎えた、ヤマツツジやカエデ、ブナの赤や黄色が、鮮やかに映え渡る。山奥の自然が織りなす四季折々の色の変化が、地熱蒸気染めの手本なのかもしれない。
松川の瀬音が聞こえる宿の露天風呂に入った。硫黄臭が漂う。地の恵みが、青みがかった白濁の湯に姿を変えてあふれていた。じっくりと肌から吸い込んだ。
文 石坂亜子
撮影 小松ひとみ