富山湾から五箇山へ、ダム湖の連なる庄川をさかのぼる。途中の山あい、川のほとりの一軒宿は、たどり着くまでがひと味違う。
船でしか行けない。
小牧ダムから大牧までの30分間、船は水面を滑るように進む。甲板で感じる外気は冷たく、ずいぶん山奥に来たことを思わせる。50代とおぼしき女性がひと言、「この立地が魅力。ずっと来てみたかった」。あこがれの気持ち……。心地良さは、ここにあったか。
1930年、近隣のダム建設に伴い、水没する湯治場を移設した。同時に庄川船舶が運航を開始。船で行く秘湯の誕生だ。平家の落人が見いだしたと伝えられ、河原を掘って地元の人が代々楽しんできた湯を、今は約20メートルの川底深くからくみ上げている。
2、3年前まで、船は宿の前を旋回してから着岸した。水際に立つ建物の風情を存分に味わうためだったが、土砂の流入で川底が上がり、今は不可能に。
紅葉の11月、薄氷張る2月が人気というが、「若葉の頃もいいですよ」と支配人の守屋勉さん(45)。改装なった建物は、清潔・快適で女性客の評判も上々だ。対し、「クマ、タヌキ、キツネに注意」という豊かな自然は変わらず。
日が落ちる前に館を出て、敷地奥の石段を上る。視線を落とせば右手に川。露天風呂の更に先、庄川峡を見渡す野風呂を目指す。
茂る木々を屋根にして、トロリとした透明な湯に肩までつかる。しばし、放心。眼下に横たわる青緑の流れに、ここまで運んでくれたことを感謝した。
文 堀雅子
撮影 塚原紘