世界遺産になって注目を集めた石見銀山。銀の積み出し港として栄えた温泉津(ゆのつ)の港や温泉街、銀山と港を結ぶ旧道「銀山街道」も世界遺産だ。400年前の世界を感じようと、街道を港まで歩いた。案内所で地図を求めると「歩くんですか?」と驚かれた。険しい山道を含む約4時間の行程。無理もない。
世界遺産登録後の人出でにぎわうのは、今でも通り抜けできる銀山跡「龍源寺間歩(まぶ)」まで。人通りが途絶えた渓流脇をたどると、たちまち息の切れる急坂だ。峠近くではるか日本海が見える。銀は人が背負い、馬も使って運んだらしいが、かなりの難所だったろう。
峠を越えると古い石段や石畳の道も。馬子たちが将棋を指したという岩、安全を願った道標や塔が点在する。夕暮れの港でおにぎりをほおばり、数十艘(そう)もの船でにぎわった姿を思う。
港から温泉街への旧道はすっかり荒れているが、住居跡らしき石積みが往時の栄華を残す。陶磁器の破片が積み重なる中に、ほとんど欠けていない古めかしい陶器のふたを見つけた。いつの時代のものか、想像がかき立てられる。
16世紀にアジアに到着した西洋人は、世界の3分の1の生産量を誇った日本銀を中国に持ち込み交易した。彼らは、中国の陶磁器や絹などを世界中に運び、経済の世界化のスイッチを入れる。その日本銀の多くは石見銀山産だった。
いわば温泉津は、グローバル経済の点火点。それが日本唯一の産業遺跡としての世界遺産、石見銀山の価値と言える。
グローバル経済を生んだ銀の担ぎ手たちも、その疲れを癒やしたのだろうか。歴史ある湯で過去に思いをはせた。
文 田代温
撮影 渡辺瑞男