澄み渡る冬の星空は美しい。しかし星を眺めているうちに体も凍り付く。ならば露天風呂からゆるりと見物できないか。毎年12月半ば頃に現れる「ふたご座流星群」に合わせて飛騨路へ旅立った。
濁河(にごりご)温泉は霊峰・御岳山の7合目に位置する。標高約1800メートルは、通年営業の温泉街としては日本屈指の高さだ。周囲に市街地がないため光害が極めて少なく、「星降る里」として知られる。
山道をバスに2時間揺られ、たどり着くと御岳は厚い雲に覆われていた。日が暮れると、ご丁寧に雪まで降り出した。天候は最悪だ。宿自慢の天体望遠鏡も出る幕がない。露天風呂で一緒になった初老の男性は「2年前来た時はすごい星だったけど」とため息をつき、早々に部屋へ引き上げた。
こうなれば根比べか。タオルが硬く凍る寒さだが、茶色く濁ったかけ流しの湯はよく温まる。待つこと数時間、視界の隅に明滅する光が浮かんだ。まもなく日付が変わる頃、「一番星」みーつけた。
やがて脱衣場の明かりが落ちると、山あいの空は闇を探すのが難しいほどの星で埋まっていた。ほどなくオリオンの左に黄色い光が突然現れ、すっと流れた。せっかくなので願いをかける。「両親長命」「姪(めい)の受験合格」。ぶつぶつ唱えて、1時間に数個ほどの流れ星を待つ。次は「メタボ退散」か「ローン完済」かというところで、再び雲が広がり始めた。自分でなんとかせよという天の声か。
星空を仰ぎ見る。吸い込まれそうな感覚に襲われて思わず浴槽深く身を沈めると、ほのかに鉄の香りが漂っていた。
文 古沢範英
撮影 垣内博