眼前の屈斜路湖の、それも手の届きそうなところにオオハクチョウの群れが優雅に浮かぶ。
手作りの露天風呂と脱衣場以外にはなんもない=B暗い夜の湯船にそろりと身をゆだねると、森閑とした闇の中に輪郭として浮かぶハクチョウ、見上げれば満天の銀河に流れ星、まさに野趣極まれり。
露天風呂は約25年前、近所の工芸家の小川充洋さん(62)が雑木や雑草を刈り、こつこつと作ったのが最初。無許可だったが、そこは「デッカイ北海道」という土地柄だし時代もよかった。町長さん以下、役場も黙認してくれ、あふれた本泉のお湯を分けてくれたのだった。
東京で働いていた小川さんが、奥さんと出会った思い出の地が北海道・阿寒。が、二人でここに移住してアトリエを開いて間もなく妻が急死。そのとき出会ったのが湖のオオハクチョウで、湖畔に「コタン温泉」をつくったのだった。
飛来するのは晩秋から春にかけて。最初は4羽だったのが翌年には20羽になり、今では130羽を数える。エサは燕麦(えんばく)、自然界で食べる量の3割ほどとする。
「人間に慣れすぎると、白鳥じゃなくてアヒルに見えてしまうんだわさ」と、小川さんはにっこり。
コタンとはアイヌ語で集落という意味。比較的雪が少なく、魚や山菜が豊富なこの地だからこそ、最初に部落をつくったのだろう。
湖畔の一軒宿のご主人で作曲家でもあるアイヌのア(トに○)イ(アトゥイ)さん(62)は、「温泉は大地の血液。人間が身体を清めて、心静かに神様とふれあう場所なんです」。
荘厳な気持ちでひとり、熱めの湯に浸っていたら、「フォー」「キュー」と、白鳥が声をかけてくれた。
文・写真 外山ひとみ