山歩きは好きだが、もっと好きなのは下山後の温泉だ。マタギの案内で山を歩いた後に温泉泊と聞けば血が騒いでしようがない。早速「マタギかんじきツアー」に申し込み、秋田・阿仁地方を目指した。
かんじきを付けて雪の中へ。同行する佐藤弘二さん(60)は、根子(
ねっこ)集落に2人しかいないマタギの1人だ。雪の大地は生き物の営みを感じさせないが、森へ伸びる一筋の線はキツネの足跡だった。
一番大変な先頭を歩いてみた。ひざ上までの雪を蹴(け)り上げて進む。すぐに息が上がる。「足を細(こま)けぐ動かして○×△……」。方言が聞きとれないが、まねをして歩幅を小さくすると楽になった。それでも50メートルがやっとだ。
「今夜、ウサギが出る」。突然、佐藤さんが愉快そうに言う。雪がやんで晴れてくると、エサを求めて里に下りてくるそうだ。
昼食は雪の上で熊鍋。佐藤さんが昨秋仕留めた熊肉だ。木を組んで吊(つる)した鍋で煮込む。骨付きのまま、かぶりついた。野趣あふれる味。熊はマタギの究極の獲物だ。「この熊と決めたら最後まで追いつめる。狙った熊は外さね」
雪が舞い始めた。急に温泉宿が恋しくなる。マタギも山で湯に浸(つ)かりたいと思うのだろうか。「なんも。仲間と酒さ飲んで笑って寝るだけだ」。命をかけて山から山へ熊を追う身に心地よさなど無縁か。
宿に着くなり温泉へ向かい、ドボン。少し熱めの湯に身を沈め、ほっと息をつく。とてもマタギのようにはなれない。冷え切った体を芯まで温めながら、雪山を眺める。今ごろウサギたちが跳びはねているのだろうか。
文 横尾絢子
撮影 小松ひとみ