息をのむ。峰を隠すように一面に並ぶ雪の柱。4、5メートルはあるモコモコとした怪物が、一斉に覆いかぶさってくる錯覚を覚えた。
夜の闇に、ライトアップされた樹氷が不気味に浮かびあがっている。昼間の曇りがうそのように晴れた。あちこちから歓声があがり、カメラをのぞく男性もいる。
樹氷原の全景を望めるチャンスは、週に1度あるかないか。「ガスがパッと晴れ、辺りがさえ渡る時間があるんです」と、ロープウエーの蔵王山麓(さんろく)駅・駅長工藤利彦さん(49)。運がいい!
麓(ふもと)からロープウエーで20分。標高約1600メートルの銀世界に無数の樹氷が待つ。その気軽さが受け、1シーズン約60万人が訪れる。
日本海で湿気を吸った季節風が蔵王連峰のトドマツにぶつかると、水滴群が瞬間的に凍りつきエビ状に重なる。そこに雪が積もり頑丈な白い鎧(よろい)ができる。単なる雪のお化けじゃないらしい。
確かに、風上に「エビのしっぽ」ができている。素手で触ると、なかなか崩れない。途端に手がじんじんし始める。冷気で肺まで痛い。マイナス13度の世界に立ちすくんだ。
下界には温泉街が広がる。蔵王の湯を知りたいなら、と地元の人が薦める共同浴場「川原湯」へ。強烈な硫黄臭とともに、「あち、あちち」とにぎやかな声。なにせ、すのこ状の湯底から50度近い湯が直接わき出ている。
やがて熱さが温かさに変わり始める。心地良い。立ち上る湯気の中に、モンスターの白い残像が跡形もなく溶け落ちていく、ずぶずぶずぶ――。
文 市川綾子
撮影 上田頴人