駅を出発したバスは、しばらく市街地を走る。うとうとしていると、いつのまにか山の中にいた。川沿いを、細く曲がりくねった道が続く。何度も停車して対向車をやり過ごす。窓の外は、青々とした山と渓流。十津川村の面積は約670平方キロで、奈良県の5分の1を占めるが、その96%は山林だ。
バスに揺られて4時間半、停留所「十津川温泉」で降りた。途中で休憩が2回あったが、さすがに少し、足がだるい。
さらに西へ5キロほど進み、上湯温泉「神湯荘」の川露天へ向かう。屋根と壁に囲まれた女性用もあるが、バスタオルを巻けば男性用にも入れる。「このロケーション、やべぇよ」と、大阪から来たという若者たちのはしゃいだ声。熊野古道の峠の名前にもある通り、まさに「果無(はてなし)」の山並みが迫ってくる。せせらぎに耳を傾け、手足を伸ばすと、長旅の疲れも日頃のストレスも、それどころか体も湯に溶け出していくような気分だ。
湯はぬるり、とろりとして、くず湯のよう。湯の花も見える。おかみの深瀬かおりさんいわく「美肌になりますよ」とのこと。飲泉すると、アトピーや糖尿病にも効果があるらしい。
夕食では、地元産のアユやアマゴ、キノコの天ぷら、鹿肉のユッケなど山の幸に大興奮。温泉で炊いた薄黄色のご飯をかき込む。体の内外から浄化され、健やかになってゆくよう。
ふと部屋のヒノキ風呂をのぞくと、湯船から湯があふれ続けている。水道代が! と条件反射で蛇口を探してしまう。「源泉かけ流し」とは、こういうことか……。
日本一長いという路線バスでたどり着いた、日本一広い村の温泉は、日本一ぜいたく、なのかもしれない。
文 根岸華奈子
撮影 塚原紘