阿蘇は火の国である。世界最大級のカルデラの中心に座す中岳は時に火柱を噴き灰を降らせる。荒ぶる山を人々は古来あがめてきた。冬が終わる頃、この火の山を人が放った炎が包む。
南阿蘇村長陽地区の野焼きに同行させてもらった。集落から40人近くが参加し、点火役や火消し役に分かれて整然と動く。
「火ぃ付けい。ちょうど下から風が吹いとっと」
かけ声とともに、枯れススキやカヤにライターの火が移された。ばちばちと音を立てて一気に燃え上がる。熱気で顔がほてる。そよと吹いた風にあおられた炎がうなりをあげて走る。火に巻かれそうな気がして、へっぴり腰で煙から逃げた。
山の上から下へ。2時間余りで約50ヘクタールを黒こげにした。「この灰から芽吹く頃がほんなこつきれいとよ」。一息ついた男性が笑った。2万4千ヘクタールに及ぶ阿蘇の草原は放置すればやがてヤブになる。森林化を防ぎ害虫を駆除する野焼きという人為で保たれてきた。山野を焼く猛火は再生の炎でもあるのだった。
阿蘇は豊かな湧水(ゆうすい)の国でもあり、いで湯もまた多い。谷を隔てた南側の久木野温泉「木の香湯」に足を運んだ。やわらかい湯に手足を伸ばす。いぶされた体が清められてゆく。
どこかで野焼きは続いているようだ。山をのみ込むかと思えた炎も、遠望すればわずかにすそ野をちりちり焦がすばかりだ。まどかな阿蘇の山々はゆるぎなく、火口からはき出された噴煙は、意思を持つ塊のように立ち上り、雲に溶けていった。
文 古沢範英