ごとんと云って飛行機がとまると、ハイカラ頭の客室マドンナがおれに向かって言った。「松山空港に着いたぞなもし」
もちろんそんなわけはないが、気分はすでに夏目漱石の「坊っちゃん」。目指すは道後温泉。空港内のポスターが「ようおいでたなもし」と歓迎してくれる。
もっともこの「なもし」言葉、近年ほとんど使われないそうだ。ちょっとさびしいぞなもし。
坊っちゃん列車で道後へ。
「道後温泉本館」がすごい。木造の三層楼は国の重要文化財。明治二七(1894)年、城大工の手で建てられたという。翌年、松山中学の教師として漱石が赴任してきた。
小説の中の「坊っちゃん」は、温泉本館の「上等」を好んだ。「おれはいつでも上等へ這入った」と威張っている。そういうことならと1500円を奮発して、その「上等=霊の湯三階個室」へ。障子には雪見窓。床の間に書が飾ってある。
湯から上がると、お茶と坊っちゃん団子が運ばれた。外は湯の町のざわめき。春の風。浴衣で畳に大の字になって、う〜ん、この部屋に住んでしまいたい。
「坊っちゃん」は松山と松山人についてボロクソだ。でも松山の人は「坊っちゃん」と漱石が大好き。「あれだけポンポン言われたら逆に気持ちがええですもの」と初老のタクシー運転手さんが笑う。それに漱石さんは松山の誇り・正岡子規の友だちでしたから、と。
この町では、明治という時代がとても近く感じられる。
ライター 宮本貢