新緑の風がさわやかな杖立(つえたて)川の上を、3500もの色鮮やかなこいのぼりが悠然と泳ぐ。両側の狭い傾斜地に旅館や家屋が張りつく杖立温泉街。「昭和」の風情が残る街並みと、ゆらりと立ち上る湯煙が、都会から来た人の心を和ませる。
肩を寄せ合うように家屋がひしめく。軒先でこいのぼりも揚げられないほどだ。両岸に渡したロープにこいのぼりをつるす風習は、昔の人の知恵だった。
名物は「蒸し湯(風呂)」。豊富な湯量と98度以上の源泉から、地元では「風邪をひいたらまず蒸し湯」と言い伝えられてきた。点在する共同の「蒸し場」では、今も地元の人たちが野菜やおでん、カレーなどを煮炊きする。
「ニワトリを丸ごと2時間入れておけば、骨まで溶けて柔らかく蒸し上がる。お年寄りにも喜ばれます」。同観光協会長の河津征四郎さん(67)は子どもの頃、ジャガイモをタオルにくるみ、「地獄」と呼ばれる蒸し場につけた。30分ほどで柔らかなふかしイモになったという。
私も生卵を一つ、蒸し場にコトン。待つこと15分。塩分が付着してほのかに茶色くなった殻をむき、パクリ。ほくほくの甘い食感が口に広がった。
温泉街を望む下流のもみじ橋。「願いがかなう橋」といわれ、絵馬ならぬ「絵ゴイ」がずらり並ぶ。広島から家族6人で来たという5歳の女の子が、絵ゴイに何かを夢中で描いていた。のぞくと、弟と2人の絵。湯につかる前から、心がふわり温かくなった。
文 本間朋子