人々は親しみを込めて「お伊勢さん」と呼ぶ。伊勢に行きたい伊勢路を見たい−−。民衆のエネルギーは江戸時代、「お蔭(かげ)参り」と呼ばれる熱狂的なブームも生んだ。伊勢参りには、日本人の旅の原点がある。
江戸から伊勢神宮まで、かつて藁(わら)草履で半月かかった道が、今では東京からたったの4時間弱。今回その短い旅の間に、心待ちにしていたのは、厳かな「音」との再会である。
天照大神(あまてらすおおみかみ)をまつる内宮(ないくう)の、入り口にかかる宇治橋の前でタクシーを下車。耳を澄ませて、橋を渡る。五十鈴(いすず)川の豊かで澄んだ音が、ひたひたと近づいてくる。
橋が終わると、歩きやすい木橋の感触が突然、一歩ずつグッグッと沈む、低くくぐもった音と一体となった感触に変わる。そこからは大粒の玉砂利が、たっぷりと敷き詰められているのだ。
参道を進むにつれて、玉砂利の不思議な響きが、水音の及ばなかった身体の奥深くに届いてくる。前後から、他の参拝者の足音も聞こえてきて、参道は「音の川」のよう。都会の疲労を蓄えた心は徐々に洗われ、晴れやかな気分になってくる。
天をつく大杉のなか、針葉樹独特の静寂のなかに入っていく。正宮まで20分ほど。道行きには何の飾り気もない。手つかずの自然の森の「厳かな力」の脈動が伝わってくる。
日本書紀の記述では、倭姫命(やまとひめのみこと)は長旅の末、この地に天照大神の鎮座地を求めたという。全身でその風景に浸り、先人の感じたものに一歩ずつ近づいていくような気がした。
(鳥越けい子)