大河特有の、かすかにごうごうという単調な響きと、岸辺にポチャリと寄せる波。二つの音色が遠近法のように風景を彩る。
北上川と猿ケ石川が合流するこの付近は、詩人の宮沢賢治が「イギリス海岸」と名付けた。泥岩が乾いて白く見えた様を、イギリスの海岸になぞらえたのが由来だ。
川床の泥岩が水面すれすれに顔を出しているあたりで、勢いのある流れは、テーブルの上にあふれた水のようにたゆたい始める。岸に着く頃にはゆるやかな波となるのだ。大河の音をバグパイプの通奏低音とすれば、その波音は無限に変幻する旋律のよう。風が吹けば、さらに装飾音符がついて、今度は幼子が何かを伝えようと懸命にしゃべっているようにも聞こえる。
現地に立って感じる音を、賢治の表現を借りて描写してみる。足もとの波音は、童話『やまなし』の中でカニの兄弟が耳にした「かぷかぷ」という笑い声のように聞こえるし、向こう岸の木々は『注文の多い料理店』のように「ごとんごとん」と鳴っている。独特の言葉遣いは、なるほど、五感を開いて初めて納得がいくものだった。
花巻農学校の教師として、地質学の知識もあった賢治は、泥岩を見て太古ここが海だった頃の光景や生物の姿を見、そこに満ちていた響きをはっきりと聞いたに違いない。
今、泥岩は気まぐれに顔を出すだけで、川の流れも少々せわしくなった。上流に出来たダムのせいともいう。賢治なら、どんな心象風景をスケッチしただろうか。
(横内陽子)