《たくあんも、菜漬けもみな凍って、かめばザクザク音がする》
自然主義文学で名を残す島崎藤村は、エッセー「千曲川のスケッチ」の中で、信州の冬の厳しさをこう表現した。
長野発の列車で隣り合わせたおばあさんも、同じことを言う。「お葉漬けは氷が混じって、じゃりじゃりって音するんださ。たるから出すとき、上に張った氷ば割って出すもんでね」
雪の舞う飯山駅で降りる。藤村は作中、現在の長野市豊野町から川船に乗り、飯山で降りた時の様子を書いた。船の便が廃れた今、駅から歩いて、その千曲川を目指す。
ざぐり、ざぐりと雪の積もる川原を歩く。湿り気の多い雪が、泥土にめり込む。やがて車道の騒音は背面に遠のき、聞こえるのは自分の足音と、呼吸の音だけになる。
藤村がこの辺りの情景を描いたのは、ちょうど1月。《寂しく音もなく流れていた》千曲川は、90年以上の時を経てなお、目の前で無音のただなかにある。彼が宿泊したという飯山の真宗寺を訪ねた際、職員の山崎浩さん(44)が口にした言葉を思い出す。「雪が降り始めるとね、静か、というよりもう一段階、静かになるんですよ」。ここには、静けさの濃淡が存在するということか。
雪の重みに野草が頭をたれている岸辺に立ち、感覚をとぎすますと、かすかに感じることができる。赤子の寝息のような、酒を注ぐ音のような、トクントクンという響き。千曲川の脈動は、辺りを埋め尽くす静寂の下で息づいていた。
(横内陽子)